第二十九話 俺の昔話に付き合ってくれ
ラピスには誰にも明かしていない秘密があった。
それは、前世の記憶だ。
「地球」という星で二十七年生きて、何よりも憧れた無限の星海……宇宙で命を散らした短い生涯を、ラピスは強く記憶していた。
ラピスの前世である男の名はセト ダイキ。
ラピス·ラズリという国の名前を姓に持つ特別な名前とは違い、どこにでもある在り来りな名前だった。
セト ダイキには幼少の頃よりずっと強く憧れていたものがあった。
それが宇宙だ。
周囲の友達がどんなゲームで遊んでいようと、どんな流行があろうと、ダイキは宇宙以外の何にも興味を示さなかった。
彼がいた世界で、ダイキは頭がいい部類の人間だった。
「日本」という国の生まれだが、より高度な勉学を積むために海外へ留学した。
その世界では最も頭の良かった学校へ進学し無事卒業。
宇宙に行くことを夢見てダイキは人生の全てを勉強に注ぎ込んだ。
そうしているうちにダイキは史上最年少の宇宙飛行士になり、当時研究が進められていた一人用ロケットで火星に行くという試みに抜擢された。
ダイキは一人を好む性格だったため、宇宙空間で一人でも大丈夫だろうと判断された。彼の知識量も膨大だったため、ある程度のイレギュラーには一人で十分対応可能と判断された結果だった。
ダイキはもちろん喜んで引き受けた。
やっとだ。やっとあの海へ行ける、とダイキは涙を流す程に喜んだ。
そして、細長い一人用のロケットに搭乗し無事宇宙へ飛び立つことに成功する。
だが大気圏を抜けてすぐにセト ダイキは二十七年の短い生涯を永遠に閉じることになる。
緋色の輝きを纏い、翡翠の尾を引く美しい彗星と正面衝突したのだ。
彗星自体の大きさもそこまで巨大ではなかったため、ダイキが搭乗したロケットとコメットは同時に四散した。
あっという間の出来事だった。
イレギュラーだと認識する余裕もない。
ダイキは憧憬の星海で、魂を抜かれたように彗星に魅入られた。
なんて美しい煌めきだろう。あぁ、自分はなんて幸せものなんだろう。
地球に興味はない。地球で起こることは全部些事だった。
だから、この宇宙で、大銀河で、死ねることは本望だった。
後悔も悲しみも恐怖もない。
ひたすらに穏やかな心でセト ダイキは宇宙に散った。
ダイキの記憶はもちろん死亡するところで途切れているが、彼の記憶はラピスにとって大きな影響を及ぼしている。
数々の発明品は彼の知識に依存していて、もし前世の記憶がなかったら「知の力」はエンチャントするだけの産物に成り下がっていただろう。
だからラピスは知っている。
高い蒼穹の向こうに無限の海が広がっていることも、この世界は小さな星に過ぎなくて、もっとたくさんの世界があることも。
だがそれは、セト ダイキの記憶を持っているラピスだからこそ知っている事だ。
目の前にいる少女が知っているには規模の違う話だった。
今もラピスの心を騒がせる彗星とよく似た輝きを放つ赤髪の少女は、真剣な表情でラピスを見ていた。
そこ不意に悟る。
「お前は……あの時のコメットなんだな」
突拍子もない言葉だった。
セト ダイキは死んだ。記憶を持ったまま輪廻転生してラピスになった。
なら彗星は?あの時の彗星はどうなったのだろう?
初めて会った時から胸を騒がせる、赤と緑の輝き。
ずっと理由が気になっていた。
なぜこんなに心が騒ぐのか。なぜこんなに心が安らぐのか。
それはリーシェが宇宙の子だったからではないだろうか。
少女の反応を見て、ラピスの予想は正解だったこと直感する。
零れ落ちそうなほど大きく見開かれた翡翠の瞳。
今まで気づかなかったのが不思議なくらいだ。
この煌めきはあの彗星にとてもよく似ている。
セト ダイキを魅了し、その影響でラピスの心にも大きな影響を与える少女。
恋とはまた違う。
彼女は憧憬ではあるが、恋愛対象としては見ていない。
だったらなんだろう?
その答えは、極力人との関わり合いを避けていたダイキの記憶からも得られなかった。
赤と緑って考えると、蕎麦とうどん食べたくなりますよね





