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焼失

「朝早いのに集まってくれてありがとうございます」


 朝靄が消えた頃、リーシェは前日のうちに招集をかけていた子供たちに笑顔で話しかけた。

 あの山火事から三日。アンを含めた保護者たちの許可を得て、丘の上に子供たちを呼んだのだ。主にあの日自ら火事に近づこうとした恐れ知らずの子たちを。


 町の朝は早く、早朝の五時前だと言うのに子供たちは興味津々な様子でこちらを見上げてきた。

 十分後にはその顔が一変しているだろうと思いながら、リーシェは努めて穏やかな表情を維持する。


「今朝みんなに集まってもらったのは、火の怖さを改めて知ってもらうためです」


 立ち上る黒煙と化け物のような火を見ても逃げるどころか率先して向かおうとする。穏やかな町ゆえに少々危機管理能力が足りていない。本能的に欠如していると言っても言い過ぎにはならないほどだ。


「これからアズリカと一緒に火の怖さを実演します。よぉく目に焼きつけてくださいね」


 火だけに、としょうもない洒落を心の中で付け加える。隣から渋々といった様子でアズリカが一歩前に進み出た。

 面倒みの良さから既に子供に大人気の青年に、子供たちの目は釘付けになる。


「えい」


 リーシェが気の抜ける掛け声と共にアズリカの肩に触れる。

 触れる瞬間に発動した『焔刻』が容赦なく青年の肩に燃え移った。


「!?」


 人に燃え移る火がどういう意味を持つのかは分かっているらしく、一様に観客の顔が固まる。その間も火はどんどん大きくなり瞬く間にアズリカを火だるまへ変わらせた。


「う"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"っ!!!」


 鬼気迫る絶叫が穏やかな朝の空に響き渡る。

 草の上に倒れのたうち回るアズリカを見て、恐怖に顔を引き攣らせた子供たちが悲鳴をあげる。


「あああアズリカ兄ちゃん!リーシェ姉ちゃん、兄ちゃんが燃えちゃう!!」


 シュウが涙目で危険を訴える。しかしリーシェは消火するための水を用意する訳でもなく、ニコニコと燃える様を見守っていた。第三者からすれば間違いなくサイコパスだろう。


「さて、ここで質問です。草の上で転がっているアズリカを見て離れもしないみんなは、実はもう大怪我を負っています。それはなぜでしょう?」


「そんなこと言ってる場合かよ!?ヒデ!母ちゃん呼んでこい!!ビビは井戸から水!!」


 友達を中心に声をかけるシュウ。本人は来ていた上着で懸命に火を叩き消そうとしていた。


「それ」


 その服にも火が燃え移る。

 相変わらず微笑みながらリーシェは答えを告げた。


「簡単。火はみるみるうちに燃え広がってみんなに危害を加えるからです」


「うわぁぁ!!熱……く、ない?」


 ボウボウと燃える服を恐る恐るつついてシュウが戸惑いを全開に首を傾げる。

 リーシェがパチンと指を弾けば、真っ赤な炎は一瞬で虚空に消え去った。


 何も燃やす意志を持っていなかった『焔刻』なので、もちろん黒煙も上がらず被害は一切ない。


「はい。今の上着のように炎は遊んでくれません。驚いているうちにみんなのことを飲み込んでしまいます。ですから、三日前のように火事が起きた時、絶対に興味本位で見に行こうとしないでください」


 切実に訴える。

 目の前で人が燃える恐怖と、衣服に燃え移る状況の現実感を実感した子供たちは少しバツが悪そうにしながら家へ帰って行った。


 最後まで小さな背中を見送ると、足元で死んだように地に伏しているアズリカに親指を立てる。


「迫真の演技でしたね!」


「一生忘れてくれ……」


 後日、シュウから話を聞いたアンに「やりすぎだ」とお叱りを受けたのだが、それはまた別の話だ。

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