それぞれの思惑
アネロの伴侶がラーズ。
その事実はリーシェに強い衝撃を与えた。
だってあのラーズだ。無邪気なのか邪気しかないのか判別のつかないあの青年だ。家同士の結婚ならば余計、それに従っていることが驚きだった。
しかもアネロはラーズを好いている。その想いは伝えられてなさそうだが、好かれるだけのことをラーズはしているのだ。
最早失礼とも言えるほど絶句していると、アネロが首を傾げた。その隣で不本意そうな顔をしているラーズがアネロに言う。
「あ〜……アネロ、おつかいしてきてくんねぇ?」
「おつかい?何か足りてなかったかい?」
「オレ急に丸々太った立派な大根食いたくなったぁ」
「そうか!市場に良いものがないか探してくるよ!」
あっという間に家を出ていくアネロ。小さな背中が完全に扉の向こうに消えるのを確認すると、ラーズはポツポツと語り始めた。
「アネロの家が権力者ってわけじゃないんだ」
話の流れからして恐らく結婚に至った経緯についてだろう。ラーズの方から話してくれるとは思わなかったが。
「お前らにさっき、『イーライ』が重要視される理由を話しただろ?それがアネロの姉、アルロだ。アルロはアネロが大好きでねぇ。アネロを守らなきゃ『イーライ』やその他勢力に協力しないって言うんだ。簡単に言うとシスコンってことぉ」
リーシェは頭の中で情報を整理していく。
『狐』が多く住む『イーライ』はある少女の存在で、竜王レウスも重要視していた。厳しすぎる条件を達成させる能力を持つ少女の名はアルロ。アルロは妹であるアネロをものすごく大切にしている。協力する代わりにアネロの安全を保証させるほどに。アネロを守護する目的でラーズと結婚させ、アネロが過保護にされているのはアルロはいるからこそである、ということか。
「ラーズ。勝手な偏見ですが、私はあなたが素直に従うとは思えません。気に入らないことは拒否するかと思っていました」
率直な感想を言うと、ラーズはニヤッと笑った。好戦的な笑顔にも、憂いを帯びた笑顔にも見える表情に、こんな顔もできるのかと思った。
「そうだよぉ。気に入らないことはやらない。別にアネロを守護する方法が結婚じゃなくたって良かった。腕の立つ護衛をつけるなり、アネロを閉じ込めるなり、方法はいくらでもあったんだよねぇ」
「ではなぜ……」
「リーシェ、それ以上は野暮じゃないか?」
問い質そうとしたリーシェを止めたのは、なぜか楽しそうに笑うラピスだった。アズリカも訳知り顔でしきりに頷いている。しかし、二人の様子を見ても何がなんなのか、リーシェは察することができなかった。
ラーズに対して核心をついたのは、彼となぜか仲良くなったアズリカだった。
「気に入ったってことだろ?結婚っていう方法が」
若草髪の青年の視線の先には、少しだけ照れ臭そうなラーズがいる。
「ん、正解〜。オレとアネロは幼馴染みでさぁ。小さい頃からお転婆なアネロを、オレがずっと守ってた。知らないうちに子供心の"好き"が、男としての"愛しい"に変わってさぁ。でも、オレってば意気地無しでね。来る日も来る日も幼馴染みの関係を変えれなくて……」
「そこに都合よく守護の話が出たってことか」
アズリカの言葉にラーズは真顔で頷く。
「そ。強引に結婚したんだよねぇ。アネロは優しいからいつも笑ってるけどさ、多分オレなんかより好きな男がいたんじゃねぇかな〜。そう思うとアネロに申し訳なくて、結局今も幼馴染みの延長みたいな感じなんだよね……」
そこまで聞いてリーシェもようやくハッとなった。つまりラーズはアネロのことが大好きなのだ。だけど、うまく想いを伝えられなくて悩んでいたところに、アルロからの守護命令が出た。ラッキーと言わんばかりにラーズはアネロと結婚したのだ。
強引に結婚したことでアネロの未来を潰したのではないか、と思い悩むラーズにリーシェは言ってやりたかった。
「当たっていけ」と。
そのアネロもラーズのことを好いているのだ。悩むことなど何も無い。
こんな状況に陥っている男女のことを何と言うのか、前にアンに教えて貰ったことがある。『両片思い』だ。お互いが愛し合っているのに、それを伝えていないせいで片思いになっている。
恋愛にお節介は厳禁だとも教えて貰った。
ラーズとアネロの恋の行方は、静かに見守ることにするリーシェだった。
☆*☆*☆*
煌びやかなシャンデリアが目に染みる。
目の前で手を取り合い踊る何組もの男女。顔には一様に様々な仮面をつけ素顔は伺えない。荘厳な音楽と人々の囁き声が響く。
こういう催しは何度やっても慣れないものだと、レウスは一人嘆息した。裏方で仕事に徹しているルキアがいない今、レウスの周囲には誰もいなかった。
最恐の竜王に踊りを申し込もうなどという肝の座った女はいない。レウスは退屈な欠伸を付けない仮面代わりの微笑の下に隠した。
東国の城。その一角では、各国各都市のお偉方を集めて情報収集と、今後の方針のための話し合いが行われていた。というのは建前で話し合いなど一切行われていない。情報の提供だけしたら後はおしまいだ。
全てを決めるのは竜王であり、意見の交換など不要なのである。
何度目か分からない欠伸を噛み殺していると、一人の男が静かに近づいてきた。
「一曲、お相手してくれますか?」
背中まで流れる艶やかな金髪。仮面の下から覗く碧眼に黒い網膜。見覚えのある人物だった。
男の仮面を右手でもぎ取ると、何年かぶりに見る青年の顔があった。
「悪いけど男性パートしか踊れないんだ。君が女性役をしてくれるなら踊ってあげるけど?ねぇ、ライヴィス」
「お前と踊れるなら女役にでも何でもなりましょう、レウス」
形だけの敬語にレウスは苦笑する。完璧な所作で差し出された右手を、やれやれと手に取った。
踊りが行われているホール中央まで歩き、それぞれのパートを作業的に踊る。
距離が近くなり小声でも話せる形にしたライヴィスが切り出した。
「『技』の方が昇華しました」
「うん。そうみたいだね」
「捕らえていた獣には逃げられてしまいましたが」
「『技』が半神へ至ったのならその程度は些事だろう。気にする事はない」
「これからどうするつもりですか?」
「『技』は今、『イーライ』にいる。ついでにあそこで起きているきな臭いのも解決してくれたらいいな」
「あの少女の正義感を利用するのですね?」
「あぁ。大陸中で起きている問題の解決に協力してくれれば、神の討伐の日時もはっきりする。……まぁその前に、大きな戦いがあるんだけどね」
「大きな戦い?」
「今はまだ内緒さ。ただこれだけは教えておこう。油断していると君でもタダでは済まないよ、ライヴィス。肝に銘じておくことだ」
曲が終わる。
男たちの密会もタイミング良く区切りがつき、金髪の青年は一礼して人混みの中へ消えていった。
踊る会議の中でレウスは再び嘆息する。
どうか未来視で視た光景が嘘でありますように、と。





