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ふわふわトロトロの食べ物

 東の大陸の国の一つ、『ディルスト』国領の最西端の森から同大陸の都市の一つ、『メヴィディア』の最東端の街までは徒歩五時間の距離があった。


 途中、十分な休憩を挟んだとはいえ如何せん道が悪い。

 ある程度踏み固められた地面であっても、止まない雨のせいでドロドロと安定しなかった。


 ルキアに貰ったブーツもすっかり汚れ雨合羽も心做しか重くなっている。

 だがリーシェは無事に到着した街を見てやはり好奇心から目を輝かせた。


 棒のようだった足の疲れなど一瞬で忘れ、実に賑やかな街の様子をスキップ混じりに眺めていく。


「すごい……」


 思わず出た感嘆の声に後ろを着いて歩くレウスが嬉しそうに笑顔を咲かせた。


「気に入って貰えたようだね。他の領も活気は同じくらいだ。霧と雨が厄介なだけでここは素晴らしい大陸だよ」


 リーシェが見てきた中で恐らく最も豊かで平和な暮らしをしている。


 西の大陸は偶にくる商人を当てにしつつも基本的には自給自足。「知の力」で発展を遂げているラズリは例外だ。


 北の大陸は種族固有能力に頼りきった生活をしていた。『グルメ』魔法の一族を生活の大黒柱とし、リーシェが訪れるまで配給で生活をしていた。今では少しづつではあるが野菜の栽培が行われ、配給の内容にゆとりができたり売買の関係ができたりしているそうだ。


 南の大陸はその種族ゆえの特徴から平和どころの話ではなかった。

 生きるか死ぬかの瀬戸際で幼少を過ごし、殺すか殺されるかの環境で生涯を送る。商店や露店はあったが、殺伐とした雰囲気だった。


 そして東の大陸。

 降り続ける雨と濃い霧があるのを気にしなければ本当に豊かで平穏だ。

 生活に困窮している様子も見えず、物資が不足している印象も受けず、表情が陰っているわけでもない。

 リーシェが思い描いていた通りの平穏な暮らしがここにあった。


「東の大陸はどうしてこんなに穏やかな暮らしができているんですか?」


 リーシェの問いにレウスの長い人差し指が天を指す。


「はっきりとした法律によって統治されているのが一つ。ルールがはっきりしていると何がダメで何が良いのか分かりやすい。タブーに罰があれば進んで犯そうとはしないから」


 確かに『法律』というはっきりとした名目で統治が行われている場所はこれまでなかった。上の階級の者には逆らわず、主観的・倫理的にダメだと思うことはしない、というのが基本だった。言うなれば『察せ』『感じろ』といった側面が大きいだろう。


 個人や複数人の尺度での行動の善悪には限界がある。だから間違いが起こり悲しみが生まれる。


 ルールがきっちり決まった国や都市が各大陸に一つでもあれば理想的だ。良きものは真似されて広まっていくだろう。


 リーシェが納得しているとレウスは立てる指を二本に増やした。


「生活が豊かだから特に争う理由がないのが一つ。略奪する必要がなく、無意味に略奪するメリットもなければ滅多な事じゃ争いは起こらない。まぁこれは、法律があるからこそなんだけどね」


 三本目の指が追加される。


「最後の三つ目。生き物の本能に備わっている『破壊衝動』が常に満たされているから」


「なぜ満たされているのか詳しくお聞きしても?」


「俺たちは『獣人族』。日が暮れれば本質が獣寄りになる」


「夕暮れ後は常に殺しあっていると?」


 不穏な想像にリーシェの足が止まった。

 平和かと思ったら夜だけまるで改革前のシルビアだなんて話は嘘であって欲しかった。


 表情を厳しくさせたリーシェを宥めるように開いた手のひらをヒラヒラさせるレウス。


「そんなわけないでしょ。俺たちの種族固有能力は『進化』。どんな状況や状態にもすぐに進化して適応できる。つまり……」


「『破壊衝動』に適応して破壊せずに欲を満たしていると?」


「ピンポーン!正解したリーシェにはメヴィディア名物、たこ焼きをプレゼント!熱いから気をつけて食べてね」


 いつの間に買ったのか鼻先に熱気が伝わる橙色の食べ物を差し出される。

 焦げ茶色のソースがしょっぱそうな香りを放ち、上に乗った薄ピンクの薄っぺらい何かが元気に踊っている。


「あのこれは?」


「たこ焼きさ」


「この上に乗ってるのは?」


「この大陸じゃ保存がすごく難しい鰹節」


「タコはどこへ?」


「中に入ってるよ。美味しいから食べてみなって」


 湯気のたつ見るからに熱そうな食べ物は大きく丸々と太っている。

 一口が小さいわけではないが半分に分けないと食べられなさそうだった。


 息で冷まして半分口に入れる。

 しょっぱめのソースとフワリと生地の甘みが上手く絡まり、鰹節が鼻腔をくすぐる。中はトロトロ、外はフワフワ。


 簡潔に言おう。

 とんでもなく美味しかった。


 真ん中から顔を出したタコもコリコリとしていてさらに美味しい。


 夢中になって食べているとレウスが指先で肩を叩いてきた。


「俺も食べたいな」


 レウスの右手は傘を差しており、左肩は重い荷物が入ったリュックを背負っている。

 一人でたこ焼きの器を持って食べるのは少し難しいかもしれない。


「熱いですので気をつけてくださいね」


 新しいたこ焼きを爪楊枝で刺し、大口を開けたレウスの口元まで落とさないようにゆっくり運んでいく。


「ちょぉぉっと待ったぁぁぁぁぁ〜〜!?」


 真横から黒い何かが吹っ飛んできて、リーシェの右手から爪楊枝ごとたこ焼きを奪っていった。


「!?」


「今派手に突っ込んだね〜」


 驚きで固まるリーシェと冷静に状況を分析するレウス。

 滑る地面を猛然と駆け抜け顔からドロドロの地面に転ぶことで動きを止めた黒髪の少年がいた。

 うつ伏せの状態で不自然に高く上げられた左腕の先には、リーシェから掻っ攫っていったたこ焼きが掲げられている。


「え!?ラピス様!」



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