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東の大陸

 ルキアが作った料理を食べた翌日の朝。

 降りしきっている雨が弱くなったタイミングを狙って、リーシェはレウスの案内で街へ向かった。


 ぬかるんだ道は余計に体力を消耗し度々休憩を挟みながら獣道を歩く。

 その間に、東の大陸の大まかな成り立ちや現状についてレウスに教えてもらった。


 東の大陸の最大の特徴はやまない雨と晴れない霧だという。

 霧で見えないだけで空は晴れているらしい。高い山の頂上に行けば美しい青空を拝めるそうだ。


 雨とは普通、雨雲から落ちてくるものだ。

 だがいかなる神秘によってか青空から雨が降ってくる。


 空のことなので詳しい仕組みは分からないらしいが、日照時間は十分にあるため作物の栽培は問題なくこなせるようだ。


 大陸全体は基本的に貧困も飢餓もなく豊かな暮らしをしているとレウスは言った。


 東の大陸は【東国】という場所を主要地にしている。

 大陸全体に国や都市が数多く存在し、それらを纏めあげる【東国】は核とも言える場所だ。


 大陸には全部で三つの国と三つの都市がありそれぞれに王がいる。【東国】の王はその六人よりも上の権限を持っているらしい。


 例えば、ある都市で公式的な催しを開催したい場合、必ず【東国】の王から許可を貰う必要がある。どのような状況であろうと【東国】の王は優先される。


 六人の王は対等であるが【東国】の王だけは別格なのだという。


 また、東の大陸には国や都市を統べる「王」の他に、唯一絶対神の声を聞き民に寄り添う「神官」も存在する。


 しかし、神官の行動源である唯一絶対神の声が聞こえなくなったためその勢力は縮小されているそうだ。


 一通りの話を聞いたリーシェにレウスは水を奨めながら笑った。


「小さな争いとかはあるけど、東の大陸は平和そのもの。街に行けばそれがよく分かると思うよ」


 水筒から冷たく澄んだ水を喉に流し込んでからリーシェは首を傾げる。


「これから行く街はどこの国や都市の所属なんですか?」


 恐らく、リーシェがこれまで見てきた大陸の中で最も生活様式が似ているのは西の大陸だ。

 地下にある訳でもなく、大陸自体が一つの国という訳でもない。


 西の大陸の場合、村、街、都市はそれぞれ独立し大陸にポツポツと存在していた。移動する商人を介して貿易のようなものはしていたが、それ以外の生活はほとんど自給自足だ。


 だがレウスが言うには、東の大陸に所有者がいない土地はなく必ずどこかの国や都市に属しているらしい。


 現在、リーシェとレウスが必死に抜けようとしている森はとある国の領地の最西端にあるらしい。森を抜けてしまえばとある都市の最東端に位置することになる。


 リーシェの疑問にレウスは快く答えた。


「向かっている街は三つある都市の一つ、『メヴィディア』に所属してるよ。ちなみにこの森は『ディルスト』っていう国の所属」


「大陸を隙間なく領地にする理由はあるんですか?」


「もちろん。無法地帯があるとそれだけで犯罪者の温床になる。それぞれの国や都市の法律で土地を守ることはすごく大事だ」


「無法地帯は……やっぱり犯罪が増えますか?」


 西の大陸は大陸の半分ほどが無法地帯だとラピスが言っていた。

 セルタは穏やかな場所だったが、いつも梟で通過するだけだった街や村はどうだろう。


 考えたくないがリーシェの目が届かない場所では惨い出来事が起きているのだろうか。


 一気に不安になったリーシェの頭に大きな手が乗っかる。

 暖かい手は着ている雨合羽のフード越しに頭を優しく撫でた。


「無法地帯だからって必ず犯罪が横行しているわけじゃない。犯罪は心に余裕が無いから起きることだ。暮らしがそれなりに豊かならわざわざ罪を犯す奴もいないと思うぞ」


「……そうですよね。無法地帯だからって必ずしも犯罪の温床になるわけじゃないですよね」


「リーシェは殺人や窃盗をどう考えてる?」


 されると思っていなかった質問にリーシェは柔らかい土に足を取られそうになった。

 何とか体幹を使って体勢を立て直す。


「急ですね。そんなの聞くまでもないじゃないですか」


 犯罪は悪。盗みは悪。暴力はもちろん悪。悪は無くなるべき。

 リーシェの中で覆ることの無い認識であり常識的な見解だ。


 だがレウスは違うようで赤く色づいた唇で笑みの形を作った。


「俺はね多少の悪は許容されるべきだと考えている」


「本気で言っていますか?」


「冗談なんかじゃないよ」


 悪が執行されれば悲しむ人がいる。人生を狂わされる場合も十分にある。

 それなのにレウスは少しくらいなら悪もあるべきだと言った。


 リーシェは雨合羽のフードを脱ぐと鋭い目でレウスを見上げた。

 飄々とした表情のレウスは穏やかな顔のままだ。


「悪があってこそ幸がある。苦しみがあるから喜びが色鮮やかに感じられる。そう考えたら悪も捨てたもんじゃないよ」


「悪があるから多くの苦痛が生まれるのです。そんなもの必要ありません」


「あくまでそういう考え方の奴もいるってことだよ。そんなに熱くならないで。ほら、帽子被らないと濡れちゃうよ」


 大きな手が降ろされたばかりのフードを再び上げた。

 狭くなった視野で状況を把握し、黙々と歩みを進める道の先に開けた景色が広がった。


「お、森を抜けるみたい。第一難関はひとまずクリアだな」


 木々に囲まれ続けていた閉塞感からか、詰まっていた胸が軽くなるのを感じた。

 しかし心の片隅にできたモヤモヤは晴れないままだった。


 ☆*☆*☆*


 時はリーシェがレウスに保護された頃まで遡る。


 鮮やかな賑わいを見せるとある都市の露店通りで、三人の男が変わった動きを見せていた。


 三色の異なる色の頭が路地裏から代わる代わる通りを覗く様は道行く人々に複雑な感情を抱かせた。


 モグラ叩きのように頭が出てくる光景を「可愛らしい」と微笑ましく見る者。

 しかし三人のあまりにも必死の形相を見て一気に不審者感が増し距離をとる者。


 一周まわって生ぬるい視線を多く感じながらも三人の男たちはその行動をやめようとしなかった。


 一旦路地裏に引っ込んだ赤髪の男が焦った表情で己のマントにくるまった。


「リーシェがいない……!」


 そのマントを震える手で掴むのは一瞬前まで顔を出していた若草色の頭の青年だ。


「とりあえず落ち着きなよ、グレイス様」


 冷静を促す言葉だがその韻は不自然に震えている。

 現在進行形で黒髪の頭を表へ出している少年は肩越しに二人を見つめた。


「どっちも落ち着け。リーシェなら大丈夫だ」


「だがラピス!これは非常事態だ!緊急事態で異常事態だ!」


「そうだぞ小僧!ゲートからの転移が意図的に書き換えられるなどあってはならないことだ」


「それは俺だって分かってる。だがリーシェならまず俺との合流を優先するはずだ。あと一日経てば俺の『知の力』でリーシェの座標も絞りこめる」


 ちゃっかり「俺との」を強調したラピスはすっかり彼氏面だった。

 普段なら言わないことを口走っている少年も十分に冷静さを欠いていた。


「リーシェのことだ。きっと物珍しい商品に釣られてひょっこり歩いてくるだろう」


 そんなこんなで男三人の奇妙な行動は、勇気を出した都民が声をかけるまで続いたのだった。

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