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楽しいです!

 レウスの家は森の中にあるらしい。


 東西南北どちらに進んでいるか分からないリーシェは、家への道行を迷いなく進む青年が非常に頼もしかった。

 先程よりも雨は激しさを増している。


 レウスの誘いに乗らなければ今頃冷えきって衰弱していただろう。


 美しい花柄の傘は心地よい音を奏でながら雨を弾いてくれている。

 明らかに男性用の柄ではないのに、雅な傘は彼にとても良く似合っていた。


 ザァァァ……という音を聞きながらリーシェはこっそり男の横顔を盗み見る。


 首を大きく動かさないと見ることが出来ない身長差は何だか新鮮だった。


 ラピスは首と言うより目を動かせば簡単に顔を見ることが出来たし、アズリカもそこまで首を動かす必要はなかったからだ。


 改めて見ると青年の造形は非常に整っていた。


 赤く塗られた唇は肉付きが良く、肌は白く肌理が細かい。布で隠された目元は分からないが鼻は高かった。


 アズリカもそれなりに中性的な容姿をしているが、レウスを見た後なら以前よりは男性らしく見えそうだ。


 視線に気づいたのかレウスの柳眉がクイッと上がった。

 小首を傾げられて慌てて目を背ける。


「静かに歩くのは退屈だったかな?」


「そんなことはありません」


「あまり見られると恥ずかしいから、見る時は一声かけて欲しいんだけど」


 言えば何も問題はないということだろうか。

 見る時に「見ますよ」と言って観察するのも恥ずかしい気がしたので、レウスの顔観察はやめておくことにした。


「もうすぐ到着する。ほら、見えた」


 長い腕が傘の外へ伸ばされる。骨ばった指が真っ直ぐ指さした先にあったのは、木造二階建ての建物だった。


 ウッドハウス、という言葉が良く似合う家だ。

 それなりに大きく、木の丸太を組み合わせて作られている。パッと見、釘や鉄骨といった材料は使われていないように感じた。


「素敵な家ですね……」


 素直にそう言うとレウスは嬉しそうに傘を回す。


「でしょ?俺が造った」


「へぇ〜あなたが……え!?」


「へへへっ!驚いたでしょ〜。冗談なんだけどね」


 最後の一言にフツフツと怒りが込み上げたが雨の音で平成を保つ。

 驚きを返せと言いたかったがグッと堪えて歩を進めた。


 玄関先まで歩くとレウスが誰かの名前を叫ぶ。


「おーいルキア〜!」


 数秒もしないうちに木の扉が静かに開いた。

 現れたのは不機嫌そうな表情を隠さず顔に貼り付けた少年だった。


 曇り空の下でも煌めく艶々の銀髪はレウスと同じように何房か紫に染まっている。

 長い髪は腰まで真っ直ぐ伸ばされていた。レウスは後頭部の高いところで一つにまとめていたが、見比べてみるとまるで兄弟だった。


 肌触りの良さそうなタオルを抱えてやって来た少年は、胡乱気な視線をリーシェに投げてくる。


「おい。また何か妙なものを拾ったのか?行く先々でものを拾ってくるなとあれほど言っただろう!」


「俺のお客人に失礼なこと言うなよ〜。俺が無理を言って連れてきたんだ。ルキアだって、この雨の中誰かが遭難してたら助けるだろ?」


「フン!まぁいい。おいそこの!ある程度水滴を拭いたら浴室へ行って温まってこい。それまでに飯を用意しておいてやる」


 桃色の瞳は有無を言わせなかった。

 乱暴な手つきでタオルを渡されたかと思えば、ワシャワシャとレウスに拭かれる。


 広い家をルキアに手を引っ張られて歩き、服を着たまま湯船に放り込まれた。

 足音を立てて去っていく少年の背中を唖然と見送る。


「……あ、ありがとうございます」


 言い遅れてしまった礼が一人しかいない浴室に吸い込まれる。

 肌に引っ付いた服を苦労して脱ぎ、程よい温度のお湯に肩まで浸かった。


 香りが良い木材で造られた壁や湯船は、警戒しっぱなしだったリーシェの心身を柔らかく解していった。


 しばらくぼんやりと天井の木目を数えていると、扉越しにルキアの声が響く。


「おい。着替えとタオル、ここに置いておく。温まったら出てこい」


「はい!ありがとうございます」


「勘違いするなよ!?僕が優しいとかじゃなくて、レウスが優しいだけだからな!」


「あ……は、はい」


 また騒々しくルキアは去っていった。

 あのような特徴をなんと言ったか。確かラピスに以前教えてもらったのだ。


「あぁ……ツンデレ」


「ブワハハハハハハハ!!」


「!?」


 記憶を辿って漏らした呟きに盛大な笑い声が聞こえてリーシェはビクリと肩を揺らした。

 聞き覚えのある声はレウスのものだ。


「れ、レウス様!?」


「いやぁ失礼。隣にも浴室があるんだ。びっくりさせてごめんね」


 笑いの気配を滲ませた軽快な声が隣から響く。

 レウスも雨に濡れて冷えたので温まっているらしい。


「ツンデレ……間違いない!その言葉がルキア以上に似合う奴を俺は知らない」


「ルキア様とはどういう関係なのですか?」


 木目を数えるのも飽きたし、せっかくだからとリーシェは情報を集めることにした。

 彼の言葉からこの大陸の現状が分かるかもしれない。


「俺とルキアは腐れ縁だよ。お互い似ているところがあって何だかんだ一緒にいる。アイツは器用な奴でね。この家もルキアが設計・建造してくれたんだ」


「すごいですね!」


「だろ?俺も一応手伝おうとしたんだが、ルキアが組み立てたものを片っ端から壊しちゃってな。こっぴどく怒られて傍観するしかできなかった」


 レウスとルキアのことはよく知らないのになぜか容易に想像できてしまった。


「この森はよく人を惑わす。ここに家を建てたのも、君みたいな遭難者を助けて保護するためだ。最初からそういう目的で造ったのに、いざ連れて帰るとさっきみたいに怒られるんだよ」


 レウスの話は非常に面白かった。

 一体何歳なのか聞きそびれたが、二人は多くの経験をしていた。

 話が一段落する頃には冷え固まっていた体はすっかり回復していた。


「さて、そろそろ出よう。飯の用意ができている頃だ。ルキアの飯は旨いから楽しみにしといてね」


「そうですね。お風呂、ありがとうございました」


 礼を言ってから浴室を出る。

 ルキアが言っていた通り、新品の服とタオルが綺麗に畳まれて鎮座していた。


 フワフワのタオルで水気を十分に拭き取り、体が冷えないうちに新しい服に着替える。

 濡れた服は『使用済み』と書かれたカゴの中へ丁寧に入れておいた。


 東の大陸の服は西の大陸と全く変わらなかった。

 上下繋がった長袖のワンピースは驚くほどリーシェにピッタリだ。


 器用だと言っていたがルキアには鋭い観察眼も備わっているのだろうか。

 着替えと共に櫛が入っている気遣いもぜひ見習いたかった。


 髪を梳かして記憶を頼りに足を進める。

 美味しそうな料理の香りのおかげでリビングの場所はすぐに分かった。


「お、来たか」


「遅いぞ。まったく……」


「ルキア様。色々とありがとうございます」


「気にしないでとっとと座れ!冷めるだろうが!」


 用意されていたのは出来たてのコーンポタージュと焼きたてのパンだった。傍には簡単なサラダもついている。

 衰弱しかけていた体には理想的なご飯だった。


「これ、ルキア様が作ったのですか?」


「他に誰がいる。竈と鍋があればこれくらい誰だって作れる」


「ルキアったら照れちゃって〜。嬉しいなら素直にそう言えばいいのに」


「レウスは黙っていろ!」


「本当に器用なんですね!逆にできないこととかあるんですか?」


 和気あいあいと食卓を囲んで会話を弾ませる。

 あまりにも和やかで穏やかな空気にリーシェは警戒することなどすっかり忘れていた。


「できないことだと?僕にあるはずがないだろう」


「嘘言うなよ。自分の髪、綺麗に結べないだろ?」


「なんでバラすんだ!?僕の威厳が無くなるだろ!」


「これくらいで君の威厳が無くなったりしないから安心しなよ」


 もしかして、ルキアが髪を結ばずに下ろしているのは上手く結べないからだろうか。

 確かに長い髪ほど綺麗にまとめるのは難しい。リーシェもたまに綺麗に結べない時がある。


 あの美しい銀紫の髪が飾られたらきっとさらに美しくなるのだろう。

 もったいないなと少しだけ思った。


「俺が結んでやろうとすると怒るんだよ」


「レウスは変な結び方しかしないからだろ!ツインテール!お団子!三つ編み!女子か!?」


「え〜似合ってたのにもったいない」


「黙れ!あの時からもう二度とお前に髪を預けないと誓ったんだ!」


 二人の会話を聞いている間も美味しいコーンポタージュは着々と減っている。

 それを見ていたレウスが穏やかな笑顔で切り出した。


「ねぇリーシェ。君は、この後どうするの?雨は止まないし行く宛てもない。考え無しに出てってもまた俺に保護されて終わりだよ」


 咀嚼していたパンを嚥下してからリーシェは一つ質問をする。


「街はありますか?」


「森を出た数キロ先にね」

 

「街を見たいです」


「観光するの?」


「まぁ……そんなところです。街に行けばはぐれた人の情報も得られるかもしれませんし」


「ふ〜ん……。じゃあ、明日街を案内してあげる」


 願ってもない言葉にリーシェは顔を嬉色に染めた。


「本当ですか!?」


「お易い御用だよ」


「レウス。ついでに食材を買い込んできてくれ」


「ほらね。たった今用事もできたし」


 リーシェが気後れしないようにという配慮からか、簡単な用事をルキアが言った。やはり気遣いのできる人だと思う。

 にこやかな顔のレウスはあっという間に食事を終えると、道が崩れていないか確認してくると言って出かけて行った。


「お前、リーシェというらしいな」


「はい。まだ名乗っていませんでしたね」


「それは別に構わない。ただこれだけは覚えておけ。レウスが優しいからと言ってアイツに甘えるな」


「は、はい」


「僕が言いたいのはそれだけだ」


 それだけ言ってルキアも席を立った。

 空になっていたリーシェの食器を片付けてリビングの奥へ消えてしまった。

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