言いたいことは言えるうちに
王都ラズリでの出来事は都民に大きな混乱を与えていた。
建都以来、都の象徴として築かれていた白亜の城は崩れ落ちた。これに加え、都の警備から外れていた兵士や騎士が一様に青ざめた顔で帰還したのだ。
城下町では様々な噂が飛び交っていたが、同じく帰還した王の呼び掛けにより暴動が起こることはなかった。
しかし事実説明は行わなければならない。
ラピスの父、マリウス・ラズリ王は集会を開き一連の事件をごく一部を覗いて民へ打ち明けた。
すべての原因は邪悪な術を使うテロリストの犯行だとしたが、犯行に加担した王子への責任追及は避けられなかった。
王子であるならば何としてでも事件を防ぐべきだった。それでも稀代の天才かと少年は一斉に批判を集めた。
結果、信頼と信用を失ったラピスは王族に相応しくないとされ、都民の願いで継承権剥奪を余儀なくされた。
不安と怒りのはけ口としてラピスは王族の立場を失い、王都を追われる身となった。
苦渋の決断をした王だったが民を安心させることを最優先し、信頼できる若者を養子にした。
王都ラズリのその後をリーシェは知る由もない。
今、隣には穏やかに笑うラピスがいる。それで十分だった。
木漏れ日が二人の体の上を小さく踊る。
鼻腔をくすぐる花の香りは戦い続けた心に静寂をもたらした。
花が咲き誇るこの場所はリーシェの両親の墓前だ。
白い花を供え両手を合わせる。
少し前にグレイスが来たらしく、黄色い花が母の墓に置かれていた。父の墓前には無いのを見ると、どうやらまだ駆け落ちしたことを根に持っているらしい。
ちょうど一年前。リーシェはここで亡き両親にある質問をしていた。
生まれた場所もそれまでの暮らしも捨ててまで心を突き動かした『恋』とは、一体どんなものなのかと。
あの時のリーシェにはそれがどのような感情なのか分からなかった。
今も正直よく分からない。
だけど……。
黒会の少年の笑っている顔が見たい。
泣いている時は隣にいたい。
喧嘩をしたら一緒に謝って。
辛いことがあったら一緒に笑って。
困難が立ち塞がったら一緒に解決して。
ずっと一緒に色々なものを見てたくさんのことを感じたい。
もしもこの感情が『恋』だと言うのなら納得できる気もする。
好きだと言われて信じられないくらい嬉しい自分がいた。
彼が死にかけて恐ろしいほど恐怖を感じた自分がいた。
アズリカへ向ける『友情』とはまた違う。
この気持ちに名前をつけるなら『恋慕』が一番似合う気がする。
(お母様もこんな気持ちだったのですか?)
それなら駆け落ちする気持ちも。
「少しだけ、分かる気がします……」
「リーシェ?」
小さく漏らした呟きにラピスが首を傾げた。これだけ静寂な森なのだ。いくら小さい声でも隣にいれば聞こえるだろう。
「ラピス様。城での言葉にまだ答えてませんでしたね」
実はずっと気にしていたのか一瞬でラピスの顔が真っ赤に染まる。
耳まで赤くなった少年の顔を両手で挟んで真っ直ぐ見つめた。
彼の身長は少し伸びて真正面からでは視線が合わなくなってしまった。
お互いもう十五歳なのだ。リーシェの背はもうほとんど伸びず、少年はスクスクと大きくなっていくだろう。
少しでも話す距離が近いうちに話しておかないと、少年の耳まで声が届かなくなってしまう。
声が小さいという訳では無いが、なぜだかこの言葉を言おうとするとひどく動悸がする。
息が苦しくなって上手く言葉が出なくなってしまう。
驚いたように目を丸くするラピスの顔を引き寄せて耳元へ口を寄せる。
「私もあなたが好きです。ラピス様、どうかずっと私の隣にいてください」
顔から火が出そうだった。
なぜこんなに恥ずかしいのだろう。
きっとそれだけ特別な言葉だからだ。それだけ想いを込めたからだ。
少年の顔から両手を離す。
恥ずかしさのあまり下を向くと、しばらく固まっていたラピスにきつく抱きしめられた。
「わっ!?」
「……ありがとう。すごく、嬉しい……」
肩に水滴が落ちてくる。泣いているのだろうか。
「俺、お前のこと絶対守るから。もっと強くなってリーシェが戦わなくても良いようにするから」
「違います。私にラピス様を守らせてください」
「逆だ。俺がお前を守るんだ」
密着していた体を離されたが近い距離で言い合う。
リーシェがラピスを守る。これは少女にとって譲れない事だった。
確固とした意志を宿した目でしばらく睨み合うが、やがて同時に吹き出した。
「じゃあ、お互いがお互いを守り合うってことで」
「そうですよ。私たちは二人で一人なんですから」
ラピスの前世はリーシェの前世が殺してしまった。
リーシェははっきりと前世を覚えていない。しかし、あの時から少年との縁は結ばれていたのかもしれない。
偶然、『伝説の存在』として生まれて引き寄せられるようにこの世界で出会った。
ラピスと出会うことのできたこの世界をリーシェは心底愛しく思う。
少年も世界も必ず守ってみせるとリーシェは気持ちを新たにした。
☆*☆*☆*
少女と少年の恋の成就を少し離れた木の影から盗み見ている三つの人影があった。
リン、ジュアン、そしてアズリカである。
戦闘国家出身とはいえ乙女であるリンとジュアンは、美しい恋物語に目を輝かせている。
リーシェに少なからず恋心を抱いていたアズリカは複雑な気持ちで見つめていた。
最初から薄々と気づいていた。
リーシェを何よりも優先し助けるのは自分ではないと。
だが、それを認めたくなくて意地になってリーシェと共に過ごした。
リーシェが少年に向けている視線とアズリカに向けてくる視線は同じようで違う。
少女はきっとアズリカのことを『保護観察対象』もしくは『歳が四つ上の兄』としか思っていないだろう。当然、そこに恋愛感情はない。
自分は男としての勝負に負けたのだ。
事実を胸の内で再確認しいると、興奮気味のリンが肩を組んできた。
「アズ坊!今回は残念だったな!」
気遣いのデリカシーもないのか。容赦なく傷口に塩を塗ってくる。痛すぎて涙が出てきそうだ。
「気にするな!顔はまぁまぁ良いんだから必ず良い出会いがあるぞ」
「余計なお世話だ!暑苦しいから離れろ!」
距離の近いリンを無理やり引き剥がすとジュアンがクスクスと笑い声を転がした。
「リン。あまり苛めてはいけないでしょ。アズリカはまだまだ子供なんだから」
「そうだったな!すまんすまん!」
「誰が子供だ!もうすぐ十九歳だぞ!?」
「はっはっはっはっ!青臭い餓鬼じゃないか!」
腹を抱えて地面を転げ回るリン。ジュアンは相変わらずクスクスと笑うばかりだ。
アズリカたちの騒ぎを聞きつけてリーシェたちが近づいてきた。
「アズリカ。リン様、ジュアン様も。楽しそうですが何かあったのですか?」
まさか盗み見られていたとは思いもよらないリーシェは小首を傾げた。手を繋いでいるラピスが顔を真っ赤にさせている。
笑い転げていたリンが目元の涙を拭いながら立ち上がった。
「いや何も。ひょうきんな顔の鳥を見つけただけだ」
無理のある誤魔化し方だ。だがリーシェは騙されてくれたようだ。
「ひょうきんな顔の鳥!?どこに!?どこに行きましたか!?」
「あっちに飛んでいったぞ」
「あっちですね!ありがとうございます!!」
猛ダッシュで指さされた方向へ走っていった。
可哀想なラピスは繋いでいた手を呆気なく離されてしまったらしい。
肩を下げてシュンとする姿にリンがまた腹を抱えた。
「リン。私たちはそろそろ帰らなければ」
静かな声で促すジュアンにリンも徐々に笑いを収めた。
酸欠気味にフラフラと起き上がり頷いた。
「そうだな。女王様への報告もある。それじゃアズ坊、達者でな」
「あぁ。元気でな」
「ラピスも。あと、おめでとさん」
「……っ!あ、ありがとう」
「リーシェ様によろしく伝えてね」
風のように颯爽と登場した強者たちは帰る時もあっという間だった。
アズリカとラピスだけがその場に残される。
なんだか気まずい雰囲気だったが、アズリカは平常心を装って口を開いた。
「……ラピス」
「な、なんだ」
「リーシェを少しでも泣かせてみろ。俺が奪い取ってやる」
二人の幸せは祈る。だがアズリカはいつだってリーシェの味方でいるつもりだ。
リーシェを悲しませたらラピスをボコボコに殴って、少女を連れ去っていく。
「アイツを絶対に悲しませるな。男の約束だ」
「っ!あぁ、当たり前だろう。そんなことは絶対にしない」
互いの拳と拳を打ち付ける。
じんわりとした痛みを忘れないように記憶に刻み、アズリカはようやく笑った。
リーシェがラピスに泣かせられるのが楽しみだと少しだけ思ったのは内緒である。
…結ばれました。
結ぼうか最後まで迷ってましたけど結びました。





