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再スタートです

 日を改めて行われた話し合いには、合計で九人の関係者が出席した。


 リーシェ、ラピス、アズリカ、グレイス、ディリシャ、アン、町長のリー、王都から梟で来たリンとジュアンである。

 見慣れない二人の女性にアンとリーは怪訝な表情を浮かべていた。


 だが"リーシェに恩がある者だ"と言われひとまず納得したようだった。


 集まった面々は半分以上が体のどこかしらに包帯を巻いている。

 リーシェやラピスの力で治癒することも出来たが、超常の力に頼りすぎるのは良くないとグレイスが言ったのだ。


 魔法に頼りすぎると生き物が本来持っている治癒能力を損なってしまうらしい。


 兵士に襲われたことで右手が不自由になったリーが険しい顔で話し合いの開始を宣言した。


 開幕早々口を開いたのは凛とした面差しのラピスだ。

 ディリシャと共に席を立ち、頭を深々と下げた。


「まずは謝罪をさせてください。今回の事件のすべての責任は俺……いや僕にあります」


 ラピス個人としてではなく、兵士や騎士を統率し都を治める王族としてラピスは一人称を変更した。

 張り詰める空気の中でも怖気付くことなく少年は机に額を擦り付けた。


「僕がこの事態を招きました。こんなこと言っても信じてもらえないと思いますが、責任は全部僕が取ります」


「具体的には?」


 リーが厳しい声で問う。

 口先だけなら誰だってどんなことも言える。普段は穏やかな人格のリーも、今ではその心の余裕も失っていた。


 頭を上げたラピスは真っ直ぐゆっくり言葉を放っていく。


「破壊された町の修繕。負傷者の治療。後遺症が残った者への支援。経済が安定するまでの資金。安定してからの援助。未来へ向けた町の発展。これらすべてを僕の全権限を行使して徹底的に実施していきます」


 キージスとの戦いで王族を降りると豪語した少年。しかしあの時はまだこんなことになるなんて思いもしなかった。

 息苦しく存在を否定されたように感じる王子という立場をラピスは最大限に利用しようとしていた。


 つまり、彼に王族を降りるという選択肢がなくなるということだ。

 現在の状況からの復興から未来へ向けた発展まで手がけるのなら、確実に王族としての権限が必要になってくる。


「僕が持つ力の全てを利用してこれを実行します。それを以てあなた方への贖罪としたい」


「それはどのくらいの期間を考えてんだい?」


 感情の読み取れない声でアンが言う。

 迷うことなくラピスは答えた。


「一生です。僕が死ぬまで、町の発展に力を尽くします」


「ふざけんじゃないよっ!!」


 毅然と言ったラピスにアンが怒鳴り声を上げる。

 ビクリと全員の肩が揺れた。

 ちょっとやそっとじゃ動じないグレイスもマントに包まれた肩を上下させている。


「アンタの命捧げられたって迷惑なだけさ!向こう六十年以上も町に関わるつもりかい!?責任感じてんならもう町と縁を切っておくれ!」


 アンらしくない言葉にアズリカが何かを言いかける。

 それすらも遮ってアンは怒声を放った。


「最初見た時から思ってたけど、なんて傲慢な子だろうね!王族だがなんだが知らないけど、命一つで全部賄えると思ってんのかい!?子供たちの心に植え付けられた恐怖が!体が動かせなくなった人の虚無が!それだけで帳消しになると思ってんのかい!?」


 鋭い叱責にラピスとディリシャが顔を歪める。痛みをこらえるような表情はすぐに前髪の下に隠れた。

 彼らは自分たちにそんな資格はないと思っているのだろう。


 原因が自身にあるから痛みを覚える資格はないと思い込んでいる。

 だから表情を隠す。


 ゼキアと同じだ。

 幼なじみがキリヤの両親を殺しそれを止めることが出来なかった。その罪悪感か悲しみや哀悼の感情を狐の笑顔の下に隠すようになった。


 リーシェはひどく凪いだ心で淡々と思った。


 馬鹿ですね、と。


「泣きたいなら泣けば良いじゃないですか」


 場違いなほど涼やかな声に注目が集まる。


「本当に言いたいことははっきり言えば良いじゃないですか」


 翡翠の瞳が少年と老兵から一児の母へと移る。


「言葉は人を救います。同時に人を傷つけます。今この瞬間、八つ当たりのように心無い言葉を伝えることは本当に意味のあることなのでしょうか?」


「リーシェ……アンタ、何が言いたいんだい?」


「アンさんこそ何が言いたいのですか?命一つでは足らぬとラピス様の覚悟を踏みにじること?それとも、どうにもならない苛立ちを彼らにぶつけること?」


「……っ!」


 翡翠の瞳が静かに閉じられる。

 しかし唇はなおも言葉を紡ぎ続けた。


「本心を隠して何になるのですか?感情をぶつけてどうしたいのですか?アンさんが本当に言いたいことは他にあるのでは無いですか?」


 瞳が開く。小さな口が弧を描いて笑みを形作る。

 いつだって多くの人を勇気づけてきた不思議な微笑みに背を押されたのか。


 バツが悪そうな顔でアンは胸の内を明かした。


「本当は……あんなこと思っちゃいないさ。今回の件はラピスさんのせいじゃないんだろう?それなのに何でもかんでも抱え込んじまってるから怒っちまったのさ」


「アンさん……」


 ラピスが泣きそうな顔でアンと視線を交える。


「初めて見た時、随分大人びた子供だと思った。雰囲気も顔つきも。だけど大人びていたんじゃない。寂しかったんだろう?」


 ピタリと言い当てられたラピスは大きく目を見張った。

 言うまで誰も気づかないと思っていたのだろう。


 だがアンは気づいたのだ。少年が抱えていた心の穴に。


「王族なんて煌びやかなのは外面だけ。城では気が休まる時も心に余裕が持てることもないんだろう。あたしはアンタに休んで欲しかった。王族の責務なんて考えずやりたいことをやりたいようにさせてあげたかった」


 だからこそ、命をセルタに捧げるという言葉に強く反対したのだとアンは締め括った。

 少年のことを深く気遣っていた言葉にラピスが目元を真っ赤にさせる。


 泣くまいと堪えていたがリーシェの言葉を思い出し堪えるのをやめたらしい。

 次々と零れる涙にリーシェは満足そうに笑った。


 月夜に降る天気雨のように涙は次々と机の木面を濡らしていく。隣ではディリシャも目元を抑えて肩を震わせていた。


 しんみりとした空気はある女性によって一瞬で崩れる。


「あ〜ゴホン」


 わざとらしい咳払いが響いた。

 先日ラズリから最速で飛んできたリンだ。


「セルタの復旧や支援に関してはあたしらが手を打とう」


「私たちの故郷であるシルビアは健在、多くの建物の残骸の処理に困っている状況でね。セルタの修繕に使えそうなものがたくさんあるの」


「では資金や支援に関しては魔人族が協力しよう」


「グレイス叔父様、よろしいのですか?」


「我らもリーシェには恩があるし、他ならぬ姪の世話になっている町なのでな」


 ラピスが命を捧げずとも問題は解決されそうだ。

 ラズリに対する遺恨は少なからず残るだろうが、きっと時間をかければみんな理解してくれるだろう。


「町長殿もそれで良いか?」


 置いてけぼりだったリーにグレイスが確認をとる。願ってもない事だとリーは喜んだ。


「これも全てリーシェのおかげだな」


 アズリカが心底安心したように笑った。

 リーシェがこれまで全力で頑張ってきたからこそ、多くのものが協力してくれるのだと誰もが微笑んだ。


 再び視線を集めたリーシェは照れくさそうにしながらも席を立ち、会場となっていた自宅から外へ出た。


「今回の件を受けて一つ、強化しなければならないことができました」


 着いてきた面々へ背中を向けて空を見上げる。

 リーシェが目を眇めると、薄紫色の膜が明滅した。


 外側からのあらゆる攻撃を防ぐ『焔氷刻 守護一陣』だ。


「もう二度と殺し合いが起きないように結界を新しく貼り直します」


 静謐な心のままスイッチが切り替わる。

 少女の足元から吹いた風が赤い髪を揺らす。


「『我がうちに宿る神力よ 主の声が聞こえるなら応えよ


  望むのは守護 望まぬは緋色


  無くすは陰の気 与えるは平穏


  今一度大地を包み空を覆え


  笛の音に耳を澄まし 鳥の声に目を閉ざせ


  陽の光に身を預け 森のせせらぎに心を委ねよ


  火も風も雷も汝とともにあり


  緋の色だけを未来永劫取り除く


  守護結界 結刻 "永遠平穏" 』」


 薄紫色の膜は端の方から光に包まれ色をクリーム色へ変えていく。

 やがてすべて色を変えた膜は何事も無かったように透明になった。


「……これで町はもう大丈夫です」


「リーシェ。この結界は?」


 何が変わったのかとアズリカが質問した。

 効果の違いは至って単純だ。


 結界内部での人殺しを不可能にする効果を持つ。

 たとえ人を刺そうとしても刃は皮膚を貫かない。明確な殺意を持っていなくても、その行動が命に危険があるものならば必ず無効化する。


「またリーシェに助けられちまうのか」


 アンが苦笑する。


「これくらいのことはさせてください」


 どこまでも穏やかにリーシェは頬笑みを浮かべた。

 一年前は助けてもらい生きる道を教えてくれた。彼女たちがいなければ今頃リーシェは居場所もなく放浪していただろう。


 セルタの住民の傷はまだ癒えていない。

 しかしアンたちならきっと乗り越えてくれる。彼らは自然と共に生きてきた強い人々なのだから。


 分厚い雲の隙間から差し込んだ陽の光が町を控えめに照らしていた。

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