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思わぬ助太刀

 キージスの見張りを異国の戦士二人に任せて、ラピスとアズリカ、意識不明のリーシェはセルタへ転移した。


 逃げ惑う人々。

 怪我を負い動けない者。

 気を失っているのか伏して倒れ動かない者。

 そしてセルタの住民を大人も子供も関係なく追いかけ襲う騎士たち。


 水晶で見た通りの地獄絵図にラピスの怒りは沸点を超えた。


「お前たち!!何をしている!!!?」


 拡声のエンチャントを使わずともその声は凛と地獄の空気を震わせる。

 普段は穏やかな町を叫び声を上げて走り回っていた人々がその声にハッとなる。

 騎士たちも鈍い動きでありながらも持ち上げていた剣を下ろした。


「ラピス……様……」


 見覚えのある兵士が歯を鳴らしながら少年の名前を呼んだ。

 やはり様子がおかしい。


「お前、確かテルという名前だったな。一体何をしている?誰の指示で動いている?」


「に……に……」


「……に?」


「逃げてっ……ください!!」


 口から泡を飛ばしながらテルが駆け寄ってくる。

 訓練を受けた兵士であるはずなのに、我武者羅に剣を振り回してくる。


「避けろ!ラピス!」


 アズリカの掛け声で回避に成功する。

 青年も無事に避けついでにテルを鎖で縛り上げていた。


「すいませんすいません!!斬るつもりなんてこれっぽちもないんです!それなのに!町の人を殺せって!王子様たちを殺せって!頭の中が真っ暗になってこの衝動に駆られるんです!!」


 縛られて無理やり抑えられているテルが口早に状態を説明する。

 動かせない体と殺人衝動がせめぎ合い限界を迎えたのか、それっきりテルは泡を吹いて倒れてしまった。


「……キージスか」


 アズリカの短い考えに少年は賛同する。

 だが状況は説明の時間など与えてはくれなかった。


 衝動を戦い動きを止めていた兵士や騎士が再び暴走を開始する。


 ラピスの元へ集まりかけていた住民たちが再び悲鳴を上げて走り出した。

 かなり強く記憶に残っている女性が一番最初に到着した。


「王子さん!アンタの仕業じゃないんだろう?あの兵士たちは一体どうなってんだい!?」


 泣き疲れ眠っているシュウを抱きしめながらアンは捲し立てた。

 頭には打撲傷ができていて少量の血が出ていた。


「アンタの近くにいた初老の騎士にも追われたんだ!管理はどうなってんだい!!」


「アンさん、まずは落ち着いてくれ。これは俺たちの敵の企てなんだ」


 激情を感じさせながらも静かな声音にアンがアズリカを見た。そしてようやく重体のリーシェに気づいた。


「リーシェ……?リーシェは十日くらい前に王都に行ったはずだろう?何でこんなに傷ついてんだい……」


 これまで何度も死地に行き戦ってきたリーシェだが、怪我が回復するまではあまり家から出ることはなかった。

 まだ治療もしていない状態の少女を見るのは、彼女にとって初めてのことだった。


 川で見つけた時は打撲がいくつかある程度でここまで弱っている程ではなかった。


 その衝撃が逆にアンを冷静にさせたらしい。

 一度深呼吸をすると、落ち着いた眼差しでラピスを見た。


「アンタらがこれまでしてきた戦いの舞台がここになった。そういうことだろう?」


 鋭い勘にラピスは頷いた。


「そうだ。詳しいことは今は話せない。けど、俺たちがいない間に何があったのか教えてほしい」


「もちろんだよ。別に複雑なことは何も起きちゃいない。ただ五日前に大量の兵士や騎士が『護衛』を目的に来て、ついさっき急に暴れだした」


「護衛?」


「そうさ。王子さんの命令でセルタを守りに来たとか言っていた。それがこのザマさ」


 話している間に逃げ延びた人々がラピスたちの背後に集まっていた。

 だが明らかに数が足りない。分断されたか、……考えたくはないが殺されたか。


「状況は理解した。まずはあの馬鹿たちを止めることが最優先だが……」


「だが、リーシェをこれ以上放置したら確実い手遅れになるぞ」


 ラピスの懸念をアズリカが引き継いだ。

 ただでさえ一刻を争うのだ。兵士や騎士の制圧をしていたらリーシェの状態は今よりもっと悪くなる。


 リーシェとセルタ。

 まさかこの二つを天秤にかける日が来るとは思わなかった。


 アンも二人の葛藤は十分に理解できる。それ故に頭ごなしに「助けろ」などとは言えなかった。


 背後にいる人々は安全地帯を見つけた安堵で泣きじゃくり、冷静な判断を下せる者はいない。


 天秤は未だに平行でどちらかを選ぶことなどできなかった。

 ラピスが守りたいのはリーシェだ。リーシェの笑顔だ。リーシェの幸せと平穏だ。


 それはセルタ無しには叶えられない望みだ。


 答えの出ない頭に苛立ちを覚えた時、近くまで迫っていた兵士たちが一斉に膝を着いた。

 まるで重りを全身に乗せられたかのような跪き方にラピスは大きく目を見張る。

 アズリカは懐かしい気配を感じて、町の一本道の向こう側を見た。


「あれは……!」


 緋色の髪。緋色の瞳。操る力は『重力魔法』。

 翻る漆黒のマントと切れ長の目尻。

 そして王族独特の雰囲気。

 その後ろを付き従う多くの魔人族。


 はるか遠くの大陸にいるはずの種族の頂点に君臨する一族の一人が、暴走していた者らを一瞬で無力化させていた。


「アクレガリアイン家!」


 魔人族であるアズリカが激しい混乱を起こす。

 なぜこのタイミングで現れたのか。その目的は何なのか。


 兵士たちを止めているということは敵ではないのだろう。だが、彼らにはラズリの兵士や騎士たちと戦った記憶があるはずだ。

 状況が分からないが何となく無力化したのか。

 状況などお構い無しに癪に触ったから無力化したのか。


 アズリカは瞬時に判断できなかった。


 それはラピスも同様だった。

 かつて敵対した者同士だ。未だに友好的な関係を築く道は一歩しか進んでいない。


 早足で近づいてくる一団を固唾を飲んで待った。

 そして、対面する。


 最初に開口したのは相手の方だった。


「ラズリの王との連絡が途絶え来てみれば……。どういう状況なのか説明願おうか」


 淡々と言う男の名前はグレイス。

 魔境谷で戦った際に最初にリーシェに立ち塞がった者だ。


 ラピスは緊張しながら簡潔に状況を説明した。

 そしてグレイスの目が瀕死状態のリーシェに向けられる。


 その鋭い目が一層細く眇られた。


「リーグル」


 薄い唇で何者かの名前を呼ぶ。すぐに茶髪の少女が一団から歩み出た。


「我らが亡き妹の娘に『治癒魔法』を」


「承りました」


 魔人族のアズリカはリーグルがやろうとしていることを把握し、横抱きにしていたリーシェの体をそっと地面に下ろす。


 茶髪の治癒魔法士はリーシェの体に触れると静かに目を閉じた。

 黄緑色の淡い輝きが辺りを照らす。


 リーシェの傷が全て塞がっていき、真っ青を通り越して真っ白だった顔色は少しずつ改善されていった。


「出血量が多いためまだ目は覚めないでしょう。数日休めば問題なく回復致します」


 丁寧にリーグルが説明する。

 リーシェの死は完全に回避されたらしい。


「さて……これはなかなか修羅場なようだ。あんな状態になるまで奮闘したリーシェに免じて特別に我らが手を貸してやろう」


 少しだけ自慢げに鼻を鳴らした男に紫色の髪の女が近づいた。


「グレイス。辺りを見てきたわ。命令通り隠れていた住民たちは保護をして、やんちゃになっていた兵士たちは気絶させておいたわ」


「手は貸した。これで解決だな」


 いつの間にか周囲にいた兵士も騎士も何らかの魔法で正常化していた。

 罪悪感に満ちた顔で地面に押し潰されている。


 魔人族の圧倒的万能な『魔法』によって事態は想像以上に早く収集したのだった。


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