第十一話 不穏な空気ですね
ラピスが選んだのは、長ネギ、キャベツ、レタスだった。
理由を聞いてみると、単純に好きだからだそうだ。
宮廷で出された料理に使われていて、野菜のなかでも上位に入るほど好物らしい。
「そうか。最初はこんなに小さいんだな」
耕した畑に苗を植えながら染々とラピスは呟いた。
王子が使う畑の一角は、リーシェが速攻で作った看板が建ててあり、まだ覚えたばかりの拙い字で「ラピス様の畑 関係者以外手を出すべからず」と彫られている。
木に彫った拙い字。さらに色をつけようと思い付いたリーシェが赤粉を塗りたくったため、ちょっとしたホラーな看板が出来上がっていた。
新しく作り直そうとしたが、なぜかツボに入って気に入ったらしいラピスはこれで良いと言ったのだ。
それはもうドツボに嵌まっていた。涙が出る程度には。
「ラピス様がセルタでの滞在を終え、ビーグリッドに向かい都に帰られても、次来るときまでしっかりお世話していますので、安心して植えてください」
川の流れが収まり次第、隊を率いてさらに奥地へ向かう人だ。
もしかしたら明日にも旅立つかもしれないが、川の流れは全く変わっていない。
ビーグリッドではまだ雨が続いているのだろうか。
だとしたらもう一週間以上降り続けていることになる。地盤が緩くなって土砂崩れが起きれば少なからず巻き込まれてしまうだろう。
かつて自分が住んでいたところを心の隅で心配しながら、リーシェはラピスに畑のあれこれを教える。
「水をあげすぎてはいけませんよ。枯れてしまいますから」
「どのくらいかけるのが良いんだ?」
「そうですね。感覚で言っても恐らくピント来ないので……土が満遍なく湿るくらいでしょうか?かといって、少なすぎは本末転倒ですよ」
「む、難しいんだな」
王都で多くの画期的な発明をしている人が、眉をひそめて悩む姿にリーシェは思わずニコニコと笑みを浮かべてしまった。
「毎日経過を見てあげてください。いつ病気にかかるか分からないので。それと観察だからと言って芽を弄りすぎるのも良くありません。大切な葉っぱを痛めてしまいますから」
葉の裏や見えづらいところを確認するために少し触るのはいいが、あまりベタベタと触るものでもない。
丁寧に扱ってあげることが、植物にとってもストレスが少ないし、弱ることで病気にかかる可能性も低くなる。
「覚えることがたくさんありますよ。まずは、向こうの方で耕す練習をしましょう!」
リーシェは念入りに言ったことを反芻しているラピスに鍬を持たせる。
「さぁ!もっと力強く!腰をいれて!」という声が、しばらく響くのだった。
☆*☆*☆*
「ラピス様。今日はお疲れさまでした。きっと朝には筋肉痛になっていると思いますから、ゆっくりとお休みになってください」
夜七時。辺りが薄暗くなってきたので、町の宿までラピスを送った。
調査隊が貸しきっている宿の3階はほとんどの部屋の明かりが点り、賑やかな気配を感じた。
「本当に送っていかなくっていいのか?夜道は危険だぞ」
たった今リーシェの家から来たというのに、とんぼ返りするようにリーシェを家まで送ると言い出す王子。
「そしたら、また私があなたをここまで送らなければなりません。それに、道を右に曲がりあとは丘を登るだけです。なにも危険はありませんよ」
「おやすみなさいませ」と言って頭を下げてから背を向けると、寄り道せず真っ直ぐ自宅へ歩いた。
歩いて、町を出て、丘を登り、一日賑やかだった畑に一瞬微笑みかけてから、玄関の戸を引いて……。次の瞬間、凄まじい衝撃が背中を叩いた。肺の空気が押し出されて、抵抗する間もなく足が宙を浮く。
リーシェの意識はそこで途切れた。





