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覚悟を決めましょう

 目が覚めて最初に感じたのは果てしない激痛だった。

 せっかく浮上した意識が再び遠のくのを自覚する。


「……っ!!」


 みっともない呻吟を食い縛った歯の隙間から漏らす。

 寝台の上から落ち体を床の上で丸まらせると、すぐに物音に気づいてアズリカが部屋に入ってきた。


「リーシェ……!」


 体を支えようとアズリカが伸ばした腕を右手で掴み固く握りしめる。

 指が白くなるほど強く腕を掴んで激痛をやり過ごそうとするが、当然そこまでの効果は得られなかった。


 口から競り上がってきたものでアズリカの服を汚してしまう。

 赤く染ったシャツを気にすることもなく、アズリカは隣の部屋へ叫んだ。


「ジュアン!リン!頼む、来てくれ!」


 リーシェの異常な様子に駆けつけたのは南の大陸で見たことのある女性だった。


「おい大丈夫か!?どうなってんだ!?」


「多分、内蔵の傷が深いんだ!ジュアンは!?」


「今鎮痛剤を持ってきてる!」


「お待たせしました!リーシェ、大丈夫!?アズリカさん、リーシェを仰向けにして!薬を飲ませるわ!」


 指先が冷えていくのに身体中が熱い。焦点を結ばなくなる視界が回り、見知らぬ女性の顔が写りこんだ。


「リーシェ。今から薬を飲ませます。水は飲めますか?」


 分からない。

 何も考えられない。とにかく、この痛みをどうにかして欲しかった。


 反応のないリーシェに女性は躊躇うことなく自身の口に水と粉薬を含んだ。

 そのまま口移しでリーシェに鎮痛剤を服用させる。


 冷たい水分が体内を流れていくのを感じた。

 少しの苦味がリーシェの意識を僅かに復帰させる。


「あ……あなたは……?」


「今は回復に専念して。次に目が覚めた時にゆっくり教えてあげるから」


 穏やかに優しく微笑む女性の温かい手にリーシェは再び眠りへついた。


 ☆*☆*☆*


 寝ては一瞬起きてまた眠る。

 それを一体何度繰り返しただろう。


 時節、夢現の時に冷たい布で体を清められたのも覚えている。

 あの穏やかな女性が優しい手で頭を撫でてくれたのも体が覚えている。

 アズリカが酷く己を責めていたのも聞こえていた。


 出来れば目覚めたくなかった。

 あの激痛が恐ろしかった。

 目を覚ませば辛い現実が待っている。黒髪の少年との対立という、避けられない事態が。


 夢の中はそんな苦しいことはなかった。

 体は軽いし、悩むことも無い。苦しいことも悲しいことも、苛立たしいこともない。


(あぁ。このまま永遠に眠ってしまいましょうか……。おかあさんとおとうさんの元はきっと平穏でしょうね……)


 このままずっと眠り続ければ何もない場所へ行ける。苦痛なんてない、優しい場所へ旅立てる。


 ぼんやりとした意識の中でリーシェはほとんど諦めていた。


 だけど……。


 金色の瞳の少年が泣くから……。


 死ぬわけにはいかない、と。そう思ってしまう。

 守らなければならないのだ。自分は守りたいのだ。


 困難が二人に降りかかったのなら共に解決しよう。

 思い通りにならないことがあるのなら力を合わせよう。

 泣きたい時は隣にいよう。

 笑いたい時はとびっきり楽しいことをしよう。


(あなたが何かを感じる時。それを一番近くで感じ取れる人になりたいのです)


 助けてもらった。何度もだ。

 死を顧みずあの少年はリーシェのために何度も傷を負った。


 辛いのに辛いと言えない人だから傍で支える人が必要なのだ。

 不器用で素直になれない人だから助けてあげる人が必要なのだ。


 彼にとってそんな存在になりたい。

 だってリーシェは。


(私は、あなたの片割れなのですから)


 目を開けた。

 ズキズキと全身が悲鳴を上げている。だが構わない。痛みなんてリーシェは感じない。


 今本当に痛いのはきっと別の人のはずだ。

 助けなければと寝台から足を下ろす。


 窓の外は闇に包まれ、激しい雨が降りしきっている。薄暗い部屋には誰もいなかった。

 好都合だと口元に笑みを刻んだ。


 気づかれないように窓を開けて、建物から飛び出す。

 王都の中心に聳え立つ巨大な王城をまっすぐ見据えて、リーシェは確かな足取りで歩き始めた。


 ☆*☆*☆*


「あぁ!やはりあなたはそうでなくては!」


 王城にある豪奢な部屋の窓際で男が歓声を上げた。

 右手に持ったワイングラスに優雅に口をつけながら、建物が密集する城下を見下ろす。


 その横顔は嬉色に満ちていた。

 男の赤い瞳が椅子で項垂れている少年へ注がれる。


「今度こそ、計画を成功させてくださいねぇ?あなたには期待していますよ。『知の力』のラピス様?」


「……お前は、ひとつ勘違いをしている」


 まるで何時間も泣き続けた後のような掠れた声が、少年の口から発せられた。


 怪訝に首を傾げる黒幕の顔を忌々しげに睨みつけてラピスは挑発した。


「この計画が完遂されることはない。リーシェは他人の掌に収まって踊れるほど、大人しい性格の奴じゃないからな」


「……えぇそうでしょうねぇ。でなければ、こんなにも世界に影響は及ぼせない。安心してください。もしもの時のとっておきの秘策も用意してありますから。あなたは黙って言われた通りにすればいいのですよぉ」


 窓に反射した男の顔が嗜虐的に歪む。

 人の枠から外れたその顔にラピスは固唾を飲んだ。


 運命の歯車が静かに回り始める。


 まるで少女の怒りを表したような稲光が暗い部屋を一瞬だけ明るく照らした。


 歪んだ赤い瞳と青い髪を揺らしてキージスが、ワインの最後の一口を飲み干した。


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