改革開始です
リーシェとキリヤに「中央」が差し向けた刺客。女性の方は既に死亡している。
だが、死亡するのなら男性の方が良かったとリーシェは唇を噛んでいた。
あの時、リーシェが『重力魔法』で刺客2人を抑え込んでいた時。男性は謎の能力で重力の檻から抜け出し、重圧の中を軽々と移動しリーシェを昏倒させたのだ。
女性も強かったが男性の方はもっと危険だと、リーシェは頭の片隅で認識していた。
警戒心を最大限にはね上げるリーシェの目の前で、男性は独特な口調で言った。
「大事なのは友達ぃ?友達の言う通りにしよぉ〜?明るい国にしていこうだぁ?本当に舐めてるよね〜」
「貴様、何者じゃ?わしの管轄に貴様のような男はいなかったはずじゃ」
「知らないのも当たり前。だって俺、正式な兵じゃないからぁ」
「……間諜か」
「正解〜。ここ数年、東の大陸から紛れ込んでたんだよねぇ。『南の大陸の王を見張り、国を停滞させ続けよ』っていうこっちの王様の命令でさぁ」
東の大陸。
『進化』の種族固有能力を持つ獣人族がいる大陸だ。どんな環境にも耐えて適応することが出来る『進化』の速さが特徴的だと、ラピスが教えてくれた。
鎖国的であまり知られていないが、南と東で何らかの争いがあったのだろうか。そうでなければ、シュウナの動向を監視する必要は無いように思える。
「てか、今俺の事情どーでもいいから。俺が言いたいのは、そんな感動的な話にして有耶無耶にするんなよってことぉ」
「何が言いたいのじゃ」
「俺、ずっと見てたよぉ。あんたが国を放ったらかしにしてるの。あんたが何にも無関心なの。あんたが住民たちのことゴミ同然に思ってること」
無視し続けて、傷つけ続けて、酷いことばかりしておいて今更変えようというのは都合が良すぎないか、と彼は言った。
その言葉にリーシェは反論の声を上げる。
「だからこそ、悲劇がこれ以上増えないように国を変えるのです」
「あんたは黙っててよぉ。ねぇ、伝説の子?あんたはつい最近この大陸に現状を知って、勝手に盛り上がってんでしょぉ?部外者がしゃしゃり出てんじゃねぇよ」
全くもってその通りだ。
リーシェはつい最近、南の大陸の現状を知った。少しだが、惨状も見たし、胸を痛めて怒りもした。
だが、結局はそれだけだ。
リーシェは部外者でしかない。勝手に知って勝手に怒っているだけの、野次馬のようなもの。
口を噤んでしまうと、ご機嫌そうに男性は笑った。
「この国で今まで一体何人死んだと思う?どれだけの人が悲しんだと思う?この瞬間、何人が死んでると思う?おーさま。あんたの意識1つで守れた平和が一体幾つあると思う?」
馬鹿だと思っていたのに、悟りを開いたように流暢に話す青年。
「悲しいのを乗り越えた人もいるし、ずっと囚われたままの人もいる。そこに、『心入れ替えたんで平和に仲良くね』っつても正直、は?って感じじゃん?」
「それは……」
「見て見ぬふりをして解決するほど、この国は普通じゃなくなってんだよぉ」
「要するに、テメェは何が言いてぇんだ?」
こめかみに青筋を立てたゼキアが、守るようにシュウナを背に隠した。
「要するにぃ、このままが1番ってことぉ」
大陸の停滞を願う者らしい結論だ。
違うとリーシェは叫びたかった。だがそれはシュウナの役目だろう。
小さな歩幅でゼキアの背中から出た少女は、毅然とした顔で青年を睨みつけた。
「確かにわしは都合が良いのじゃろう。わしがもっと早く大切なことに気づいておれば、救えた命がどれだけあったじゃろう。わしは史上1番の大罪人じゃ」
凛とした顔。決意を固めた顔は、リーシェと似ているのに全く違うものようだった。
その横顔にリーシェは見惚れた。ゼキアは僅かに目を丸くさせている。
「じゃがな、よく聞け若造。この大罪人にもできることはあるのじゃ。人殺しが往来し、死体が散乱し、悲しみが降り積もるシルビアでは、まともに死を悼むこともできまい。反論も反感も、喧嘩も慟哭も、憤怒も悲愴も全て受け止めよう。全て解決して見せよう。じゃから、悲哀の連鎖と暴力の循環を断ち切るのじゃ。逆らう愚か者には鉄槌を。希望を失った者には平穏を。これはわしにしかできないこのなのじゃ」
何百年も国を見てきたから、怒りと悲しみの原因を知っている。
何百年も平和を望んでいたから、その尊さが分かる。
シュウナは伝説の存在として完成した者だ。
「技の力」も「知の力」もある。
世界を調停するために与えられたその力ならば、シルビアを改革していくことも可能だろう。
彼女には悠久で築いた「叡智」があるのだ。
彼女には悠久で築いた「王威」があるのだ。
彼女は「平和」を知っている。「喪失」を知っている。「飢餓」を知り、優しさの「温度」を知っている。
疲弊しきった国民には十分に寄り添えるだろう。
シュウナの心が変わることがないと知ったのか、男性はため息を吐いた。
「クソ。任務失敗かよぉ。……まぁ、精々頑張りなよ。俺、帰るから」
そう言って手をヒラヒラと振る。かと思ったら一瞬でその姿は消えてしまった。
不思議で不気味な男だった。もう二度と会いたくないものだとリーシェは思った。





