私はあなたを許さない
4つのエメラルドグリーンの視線が交差する。
一方がもう一方に与える絶対感は消えたものの、空気は重苦しいままだった。
片や革命を起こし国を変革しようと目論む者。
片や国の頂点に君臨し民の苦痛になど眼中にない者。
空気が和らぐことがないのは当然かもしれない。
シュウナが神に対して抱く考えや感情は分かったが、状況的には何も進展していないのだ。
リーシェは革命における暴力をなるべく減らすべく、シュウナの説得を開始した。
「シュウナ様。あなたは国がどんな状態で、民の皆さんがどれほど苦しんでいるか知っていると言いましたね?」
「ああ。言ったとも」
「では把握していることを全て列挙してください。本当に分かっているのか、それを確認するために」
知っている、と言うことは誰にでもできる。もしかしたら現状の酷さを正しく理解していないのかもしれない。それならばまだ説得の余地があるとリーシェは睨んだ。
シュウナは感情の読めない顔で深呼吸をすると、自身が把握している情報を次々と口に出していく。
「身寄りのない子供に対する暴行。動くことがままならない年寄りへの残虐な行為。国全体に充満する血と死の匂い。弱者へ渡らぬ食料。これみより増え続ける餓死者。路地裏で日常的に行われる殺人。国を管理する者の怠惰。収入に見合わぬ税の徴収。横行する非人道的な行い。そして、これら全ての原因である王の放置行為。ほら。ちゃんと知っておるじゃろ?」
その後もシュウナは躊躇うことなく細かい部分まで闇を明かしていった。
耳を塞ぎたくなる量。不気味なほどよく回る口。憤りすら感じる無表情。
全てを話終わったあと、リーシェはしばし我を失っていた。
漠然と「知っているのに本当に何も思っていないのか」と呆れにも似た感情が去来していた。
すぐに我に返ってから眦を吊り上げて掴みかかる。
シュウナの着ている上質な着物の胸ぐらを握り、自分と同じ色の瞳を真正面から睨みつける。
「今この瞬間も力の弱い人々が不当に虐げられていると知っていてなぜ!?どうしてそんなに平気でいられるのですか!?助けたいと、何とかしてあげたいと思わないのですか!?」
視界が薄く赤く染まるほど頭に血が上っていた。これほど怒ったのはもしかしたら初めてかもしれない。
リーシェの剣幕とは真逆にシュウナ実に冷めていた。
いや。冷めている、というより困惑しているという方が正しい。
どうしてそんなに怒るのか分からない。
何に対して悲しんでいるのか分からない。
そんな疑問がありありと浮かんでいた。
「弱者は虐げられる。強者は好き勝手に欲を満たせる。それが普通なのじゃろう?シルビアはわしが生まれた頃からずっとそうじゃった」
生まれてきた頃からそれが常識だったから何も思わない。
一種の洗脳だと思った。
最初からあるものには何も疑問を浮かべない。小さな子供と同じだと感じた。
何千年も生きているのに呪いのせいで外見は少女のまま。弱肉強食の世界と惨劇ばかり起こる日常に疑問も抱かず、悠久を見つめてきた。
人の温かさを知らないのか。それとも忘れてしまったのか。
リーシェは被害者とも言える少女に何も言えなくなってしまう。
しかし噤んだ口は、次の瞬間発せられたシュウナの言葉によって再び開くことになった。
「それに弱者がどうなろうと関係ない。他人の痛みなぞ知るものか。他者の苦しみなど知るものか。死ぬならば死ねば良い。勝手に滅ぼしあっていろ」
先程までの感傷を訂正しよう。棄却しよう。
シュウナは正真正銘の悪だ。
何千年と生き続け、友と永遠に別れる悲しみを知っているはずだ。それなのにどうしてそんなことが言える。
リーシェは両親を失ってからそれまでよりもさらに命を尊ぶようになった。失ったものは二度と戻らないのだと痛感したからだ。
気がつけばリーシェはシュウナに殴りかかっていた。
初めて拳を振り少女を殴り飛ばそうとした。
だが、初めて振った芯の不安定な拳が、戦闘国家最強に当たるはずもなくヒラリと躱される。
それでも一撃加えないと気が済まず、一切躊躇うことなく全力であらゆる力を行使する。
燃え盛る「焔」。凍てつく「氷」。のしかかる「重力」。
襲いかかる猛攻にシュウナは背中に背負っていた刀を抜く。桜色の唇で技の名前を紡いだ。
「『武闘』第1番、奥義。『万物両断』」
シュウナはそれら全てを刀の一閃で無効化して見せた。
それどころかリーシェ攻撃だけでなく建物そのものも真っ二つに切り裂いた。
パッカリと割れた天井から青空が顔を出す。
南の大陸に日光を降り注がせる太陽が、2人の赤毛の少女を照らした。
一体どういう作用なのか、下に押し潰そうとしていた重力が突然無重力へ切り替わり、リーシェたちの体が宙に浮く。
伝説の存在同士の対決が図らずも今開始されることになったのだった。





