さくらのおはなし
むかしむかし、誰も知らない山奥に、2本の桜の木がありました。
1本は、春になると見事な白い花を咲かせました。
1本は、春になると見事な赤い花を咲かせました。
「君はとってもきれいだね」
白い桜は言いました。
「あなたこそ、とってもきれいよ」
赤い桜も同じことを思っていました。
「ぼくは君の花の色が大好きだよ」
「わたしも、あなたの花の色が大好き」
白い桜と赤い桜は、毎年春になる度に、互いの花を楽しみにしていました。
ある時、白い桜が言いました。
「そうだ、約束をしよう。ぼくは毎年、君のために美しい白い花を咲かせるよ。だから君も、ぼくのために毎年、鮮やかな赤い花を咲かせて」
赤い桜は答えました。
「ええ、約束よ。わたしはあなたのために、あなたのためだけに、鮮やかな赤い花を咲かせるわ。だからあなたもわたしのために美しい白い花を咲かせてね」
それから毎年、白い桜と赤い桜は、より美しく、より鮮やかな花を咲かせました。
しかしある年、もうすぐ春が来るというのに、赤い桜はひとつも芽をつけていませんでした。
「どうして君の芽はひとつも出てないんだい? いつもなら、開花を待ちわびる芽でいっぱいになるのに」
白い桜は不思議そうに尋ねました。
「それはね、もうわたしに花を咲かせる力が残ってないからよ」
白い桜は静かに答えました。
「じゃあ、来年はたくさんの花を咲かせよう。今までで一番の花を」
赤い桜は、元気がない白い桜を励ますように明るく言いました。
「わたしは、来年も再来年も花を咲かせることはできないわ。わたしは・・・・もうすぐ枯れてしまうから」
しかし白い桜が返した言葉は、悲しいもの―――別れを意味するものでした。
「そんなの分からないじゃないか! 来年になったらまた芽が出るかもしれないじゃないか!」
赤い桜は叫びました。
そんな様子に、白い桜は子供を諭すような優しい声音で語りかけました。
「これはね、仕方のないことなのよ。永遠に生きていられる命はないの。生きているものには、生きているからこそ必ず終わりがあるの」
「嫌だよ。ぼくは君に死んでほしくないよ。約束したじゃないか。毎年花を咲かせようって」
白い桜の心は、悲しみでいっぱいになっていました。
「ごめんね、約束守れなくて。でもね、わたしは死ぬわけではないのよ」
「・・・・枯れることは死ぬことじゃないの?」
「ええ。たとえ枯れてしまっても、わたしは生き続けるの。
あなたの中で。
あなたの思い出、そしてあなた自身の中で、わたしは生き続けるの」
赤い桜は言いました。
「ひとつだけ約束してくれる? わたしとあなたの、最後の約束」
「うん。どんな約束も必ず守るよ」
赤い桜は、最後の力で約束の言葉を紡ぎました。
「わたしが枯れてしまっても、毎年花を咲かせてほしいの。わたしの大好きな、あなたの花を」
その年の冬、赤い桜は眠るように枯れていきました。
そして、次の年の春。白い桜は立派な花をたくさん咲かせました。
しかしその花の色は、今まで咲かせていたものではありませんでした。
それは、美しい白にちょっぴり赤を混ぜた色。
大切なものを決して忘れないための色。
その桜は、今もどこかで咲いていることでしょう。
読んでくれて、どうもありがとうございました。