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無能聖女は、醜い獣から逃げまくる  作者: ゆいみら


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赤の悔恨

 

 月一の定例会の為に、ヤトはいつもよりも早めに起床し朝食を摂りに食堂に来ていた。


 先日はリナの治療を希望する輩が、新人警固の者が専用扉を通るタイミングで、後に続いて入り込み中庭まで侵入するという事態を起こしてしまった。定例会では、必ずその報告と今後の対応について話が出るだろう。

 蘇芳が初めて連れてこられた時の件は、神殿入口の近くの見張りが彼の兄から聖女へ取り次ぎを求められて、休日だったヤトを通さずに直接リナに伺いを立てて通してしまった。


 リナが皇太子に気に入られているのを、よく思わない連中は多い。

 特に貴族連中は、彼女と婚約中である皇太子の心変わりを狙い、自分の娘をあてがい妃にしようと諦らめずに画策している者もいるのだ。今回はたまたま治療を望む者だったが、暗殺者であったかもしれないのだ。


 今まで彼女が危害を加えられていない為に、気が緩んでいるのは否めない。ピクニックでは遠くから見張っていたヤトだったが、定例会では気の引き締めを新たにさせなければなるまい。 


 食堂では世話役の早出の者が定例会を心得ていて、夜勤明けと早出を含めた警固の者達全員の分の食事を用意してくれているはずだった。


 朝の慌ただしくなる前の静けさが、ヤトは好きだ。

 特に夜勤明けの時の、早出の護衛と交代した後の解放感で見上げる日の出は格別だし、少しずつ動き出す人々の気配も楽しい。


「早く来すぎたか?」


 食堂には、火を使って何かを炒めているのかジュウジュウと焼ける音とパンや肉の焼ける匂いがするが、話し声はない。

 自分が一番乗りかと、トレーを持って厨房に挨拶しようと奥を見て、そこにリナがいるのに気付いた。


「リナ様、おはようございます。早いですね」

「あ、ヤトさん。おはようございます」


 リナが厨房の手伝いもたまにしているのをヤトは知っているので驚きはしないが、彼女は食堂ではなく、わざわざ厨房の奥で早い朝食を摂っている。

 こんな早くに彼女がいるのは珍しい。ヤトの代わりに昨夜彼女の護衛に付いた者はと、辺りを窺うと厨房の扉の内側に背を押し付けて眠そうに目を擦っていた。


 やはり弛んでいるな。


「しっかり務めを果たしているな」

「は、おはようございます、ヤト様」


 今気付いたのか、居ずまいを正す部下を軽く睨んでいたら、リナが食器を片付けて出ていこうとする。


「リナ様、もういいのですか?」

「はい」


 慌ただしく自室の方に帰っていく彼女を、ヤトは不審げに見送った。


 食事を摂っていたら、部下達がポツポツとやって来て、食堂にまばらに話し声が聞こえだした。

 そこへ蘇芳が顔を出すと、キョロキョロと誰かを探している。


「どうした?」


 身分を知っていても、敢えてタメ口で彼に接する。その内敬語を使わなければいけなくなるのだ。ここにいる時は、普通に接して欲しいという蘇芳からの願いによるものだった。


「リナを見なかった?」


 余裕の無い表情に首を傾げつつ、もう食べ終わって部屋に戻ったことを伝えると、力なく椅子に座ると頭を抱えてしまった。


「何かあったんだろ?」


 ヤトは昨日二人が会っていたのを知っているが、どんなやり取りがあったかまでは知らない。


「………………僕は間違えたかもしれない」


 伏せたまま、蘇芳は呟く。


「何を?」


 部屋を飛び出して行く彼女は目にしたが、もし自分の知らない所で危険な目にあったというなら、彼女はヤトに伝えてくれるはずだ。


「こ、告ったんだ」

「お、おお……………そうか」

「でも信じてなさそうだったから、リナに僕の心を見てもらったんだ。それなら誤魔化せないから信じてくれるだろうと思ったから」

「よ、よく見せたな」


 好きな女に見せるとは勇気があるものだ。

 昔ならまだしも、恋した状態の自分だったらできないだろう。人間で男だから、邪な妄想だってするのだ。


「リナに触られて見られてると思ったら、つい……………イロイロ考えちゃって………………」

「やっぱそうだよな、お前も男だったか」


 普段の自分と心の中が同じな訳ない。生活する上で、体裁や見栄、気遣い、自分を良く見せようとすることは誰もが当たり前にしている。

 立派な紳士が心の中だけは野獣でも、普通に生活していたら皆分からない。


 ヤトは、蘇芳にあげた『大人の男の為の知識の詰まった本』を返してもらうべきか考えた。


 ……………手遅れか?


「一応聞くが、どこまで妄想したんだ?」

「はっきりとは………………閉じ込めたりとか、その、どこまでも追いかけるとか言ったような……………あと、キ」

「ん?」

「ごめんなさい、イロイロ……………ううぅ」


 羞恥で顔を上げられないまま呻いている。


「なんか、逆にリナとの距離が遠くなった気がする」

「ああ、避けられてるな」


 肩をポンと叩いて慰めてやるしかできない。『閉じ込める』とか、普通に言ったら危ない奴だ。リナが逃げても仕方ない。


「諦めるか?」


 いい機会だ。アマナ様の言う通り、いつかは諦めないといけないのだ。それが今だというだけだ。


「え、そんなわけない」


 蘇芳が心外だとばかりに、顔を上げた。


「僕は絶対に諦めない」


 落ち込みはどこへやら、蘇芳の唇は不敵に弧を描いた。


 それはリナには普段見せない表情だ。彼女は純朴で優しい青年しか知らない、いや知らなかったと言うべきか。蘇芳は、意外にもかなり強情でしたたかで粘り強く我を通す強者だった。


「リナを必ず捕まえる。死んでも僕のものにする」

「だからそれがダメだってえの」


 ヤトは戦慄を覚えた。





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