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心を知りたいけれど2

「私の名前は、赤城莉奈。小さい頃、母と兄と暮らしていた。父は私が生まれる前に離婚していなかったわ………………時々兄と二人だけで留守番することがあったの」


 思い出すと心が抉られるように傷む。いつもは記憶の片隅に追いやって忘れたふりをしている。それなのに話させようとする蘇芳が恨めしかった。


「三歳違いの兄は優しかった。よく遊んでくれたし、母に会いたくて淋しくて泣く私を明るく笑って元気付けてくれたよ。母が……………何日も帰って来なくて食べる物が少なくなっても必ず半分ずつ分けてくれた」

「………………え?」


 蘇芳が強張った表情で聞き返すのには応えず、私は俯くと自分の握り締めた拳を見た。


「そんなことが何度もあったある日、いつものように久し振りに帰って来た母が、私達を見て言ったの………『まだ生きてるの?』って」


 胸に鉛が詰まっているような重苦しさを覚え、私は拳で強く心臓の辺りを押さえた。


「生まなきゃ良かったと何度も言われた。あんた達なんか生まなきゃ良かった。そうすれば自由だったのにって……………母は、自分の子供よりも男といる方が幸せだったみたい。お腹が空いて動けなくなっていて、ようやく帰って来た母を見て呼んだら、呆れたように、そう言われたの。それで気付いたの、私と兄は死を望まれている。愛されていなかったって……………」


 涙がボタボタと溢れて、私は膝を抱えて顔をくっ付けた。蘇芳に握られていた手は離されていたが、彼の手は代わりに私の背中をゆっくりと撫でていた。


「母は男にフラレたのは私達のせいだと言って、兄に私を殴るように命じたの。嫌がる兄を叩いて強要して、泣きながら兄は私を殴ったの。それから直ぐに悲鳴に気付いた近隣の人達の通報で私達は保護された。母は警察に捕まって、それから会っていない。兄とも引き離されて別々の施設で過ごしたの。別れる時、兄は私に『ごめんね』って謝ってくれたけど、もう仲の良かった兄妹には戻れなくなっちゃった」


 フフ、と自分を嗤う。


「大好きだった人に裏切られたってショックだった。私はそれから信じられないし怖い」

「怖い?」


 今まで黙って聞いていた蘇芳が問い返すのを、顔を隠したまま小さく頷いた。


「人に嫌われるのも好かれるのも怖いの。母に嫌われた私が好かれるわけないけど、嫌われたくもない。私は弱くて…………」

「好かれるのが怖いのは、お兄さんのように裏切られて傷付くことを恐れているんだね?」

「うん、でもお兄ちゃん…………兄は私を殴らないと自分が殴られ続けるはずだった。だから仕方ないんだよ。所詮、人間は誰だって最後は自分が一番大事なんだから」

「でも、でもリナは違う。他の人の痛みを取り除くのに、あんなに一生懸命だったじゃないか」


 蘇芳の慰めは私には響かなかった。


「私がこの世界に墜ちて聖女で、人の心を癒す力を持っていると分かって、私嬉しかったの」


 ああ軽蔑されるだろう。

 確信に、自分を嘲る。


「これで私は必要とされる。生まれてこなきゃ良かったなんて言われない。少なくとも嫌われることはないだろうって。皆の心を治癒することで私が傷付くのは全く構わなかった。そうね、私にはリストカットと同じ。それによって傷付くことで、自分の存在を確かめられて快感だった」


 嗤いたいのに、涙が止まらないなんて滑稽だ。


「ね、これで分かったでしょう?私は聖女なんかじゃない。ただ自分が満足したくて聖女役をしてるだけ。ライオネル様との結婚や向こうに帰るかなんてどうでもいい!ただ役立たずって言われなければ何でもするの!全部自己満足なだけなの!」


「リナ、リナ」


 蘇芳がどんな顔をしてるか見れない。涙でグシャグシャになった顔を腕で乱暴に拭っていたら、背中に彼が抱き付いてきた。


「なんだか安心した。リナも一人の人間だったんだね」


 耳に唇が触れて、そんなことを吹き込まれた。


「………………え?」

「ねえリナ、君にどんな理由があれ、僕や他の人の心を救ってくれたことは称賛されるべきだ。少なくとも、僕は君の力で新しく生まれ直すことができた。ありがとう、君は凄いことをしたんだよ」

「わ、私のこと軽蔑しないの?」

「しない、僕を救ってくれた君に感謝してる」

「嫌いに」

「なるわけない。リナ、もっと寄りかかっていいんだよ。僕のことを信じられなくてもいい。少しずつ信じてくれたらいいし、好きになって欲しい。僕は絶対に裏切らないから」


 言葉では何とでも言える。

 私はもう兄のように裏切られるのも、見捨てられるのも、否定されるのもこりごりだ。


 初めから信じない方が楽だ。もうあんな思いは嫌だ。


「言葉よりも、見た方がリナには伝わるかな」


 蘇芳が腕を解き、ベッドから下りて私の前に膝をついた。


「こっちを…………向いて」


 私の手を取る彼に、何をする気だろうと涙で霞む目を向ける。

 緊張しているのか喉を上下させ、彼は深く息を吐いた。


「ほら、僕の心を覗いて。言葉よりも心を見た方が信じられるだろうから」


 自分の固い胸板に私の手を導き押し付けて、蘇芳は頬を染めて目蓋を閉じた。


「先に言っておくけど……………僕はリナが思うほど綺麗じゃないから」

「そんなこと」

「見た時はそうだったかもしれないけど、リナが心に入り込んでから、僕の心は変わったと思う」


 また一つ深呼吸をし、蘇芳は空いている方の手を拳にして、何かに耐えるように身を固くしている。


「僕は、本当は醜い獣だよ。だけどどうか…………心を知って欲しい」



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