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求婚されてるけれど

「…………はい、取ったよ。痛みはないかい?」

「ないです」


 医者にガーゼを剥がされて、蘇芳は傷痕を指で確かめた。消毒薬を浸した脱脂綿をピンセットで摘まみ、医者がそこを清める。


「ふむ、皮膚も閉じてる。経過も良いし、これで終わりですな」

「ありがとう、ございます」


 何度も傷痕に触れ、鏡を見た蘇芳は信じられないような驚いたような顔で礼を言った。


 扉から遠慮がちに顔だけ見せた私も、そんな彼の傷痕をじっと見てしまう。


 あんなに酷かった傷は、そこだけ白い筋のように肌色が僅かに異なり、微かなひきつれがあるだけだった。


「変かな?」


 医者を部屋の外まで見送り、彼の方に振り向くと、不安そうに聞いてくるので首を振る。


「凄く良くなったね。蘇芳カッコいい」

「か、カッコいい?」


 まさか、と言った感じで自分の顔を鏡でまじまじと眺めている。それが何だか面白くて、私は彼を眺めていた。


「ねえリナ、触って」

「え」

「リナに触って欲しい………………嫌じゃないなら」

「そんなことない、嫌じゃないよ」


 慌てて否定して、椅子に座る彼に近付くと、蘇芳の唇の際が心なし上がったように見えた。


 指で傷痕に触れると、彼は私を見上げて、じっとしている。

 つつっと、なぞれば、周りよりも滑らかだが凹凸はない。

 鼻筋が通り、目元は涼やかで、どう見てもイケメンだ。こんな薄い傷痕なら、彼の整った顔の前には何の主張もなされない。


「………………蘇芳、綺麗」

「そう?本当なら嬉しいな」

「本当だよ」


 手のひらを彼の頬に当てて撫でると、蘇芳はスリスリと押し付けるようにしてきた。


 あのピクニックの帰り、お互い嫌な雰囲気で無言になってしまった。その日は話しかけるのも気後れしてしまった私だが、蘇芳は、またすぐにいつも通りの態度で接してくれた。


 私なんかより蘇芳の方が大人なのかもしれない。


「リナ」


 でも、それから私を見る彼の目が怖くなってしまった。今だって私の手に頬を押し付けたまま、じっと射抜くように見つめている。

 まるで私の心の中を探っているかのようで落ち着かなくて、つい目を逸らしてしまう。


「ねえ、僕を見て」

「う、うん」


 あの時私の言葉に怒っていたようだったのに、彼はそのことを忘れたのだろうか。


 戸惑う私を見て、蘇芳が形のいい唇を開いた。


「リナ、僕をどんなふうに好き?」

「い、いきなりどうしたの?」

「どのくらい好き?」


 私が手を下ろすと、目だけでそれを追った。


「僕がここにいてって言ったら、いてくれるぐらいは好き?」

「蘇芳」


 手を私に伸ばしかけて、考える素振りを見せた彼が手を下ろして、代わりに一歩私に歩み寄る。

 とても近い。互いの息遣いが聞こえる程だ。


「あまり時間がない。だから早く選んで。僕はリナにどこへも行って欲しくない」

「すお………」


 水色の瞳が私を見下ろして、少しだけ目を細める。ゾワリと言い知れぬものが背を流れた。


「逃がさないから」

「ルーファス!」


 弾かれたように名を呼んだ。

 怖いと、はっきり思った。こんなふうに言われたことも、こんなふうに目を向けられたこともないから、どうしたらいいか判らない。蘇芳がなぜこうなったのか判らない。


「……………やめて」


 彼は私を腕で捕まえているわけではない。何もしていない。それなのに、捕まりそうで怖いだなんて訳が分からない。


「もう一度……………」


 しばしの沈黙の後、蘇芳が軽く袖を引っ張った。


「え?」

「もう一度、名前呼んで?」


 打って変わって柔らかい声音に、目を上げると、彼の嬉しそうな表情が見えた。


「『蘇芳』もいいけど、本当の名前、リナに呼んで欲しい」

「あ…………」


 口元に手を置いてから、ゆっくり口を動かした。私は少々混乱していたのだろう。どう反応したらいいか分からなくて、彼の言われた通りに行動してしまっている。


「ルーファス?」


 ふわり、と彼が目を細めて唇を上げた。


 笑った!

 ちゃんとした笑顔は初めてだ。


 彼の笑顔に見入っていたら、扉をノックされた。


「リナ様いらっしゃいますか?!」

「は、はい!?」


 神官の一人が部屋に入って来て、後にヤトさんが続いた。


「皇太子殿下がお着きです。直ぐにお越しを」

「ライオネル様!」


 聞くなり私は部屋を飛び出した。


 こちらへと金髪の男性が歩いて来ていて、私を見るなり両手を広げた。


「おいで、仔猫ちゃん」


 お兄ちゃん!と心の中で叫び、その胸に飛び込んだ。


「久し振りだね、ごめんよ淋しかったかい?」

「ライオネル様」


 ちゅ、と額にキスされて優しく微笑まれると、自分が幼児になったみたいに思えてくる。

 ギュウッとしがみついていると、ヨシヨシと髪を撫でられた。


 ドサッと後ろから物音がして、顔だけ向けたら、蘇芳が床に手と膝を付いて私達を見ていた。

 目を見開き唇を噛む姿に既視感を覚えた。










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