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軍人、覚悟を決める

 ――魔獣とは、強力な魔力を持って生まれた獣の総称で、高い戦闘力と知能を持ち、通常の獣とは比べ物にならない危険度を持っている。

 たびたび人里を襲っては家畜や人を攫い、食らう危険な生物だ。

 特にギャレフのように周りを野山で囲まれている町では、魔獣狩りを生業としている者も多い。


「おい、そこのお前! 魔獣が出たぞ!」


 ジークの大声にレギオスは振り向く。


「あんたは……確かジークだっけ」

「おうよ。魔獣狩りのジーク様だぜ。ここらを根城にしている危険な魔獣が出やがった。すぐに家に帰りな!」


 尋常ではない様子のジークに、レギオスは異常事態を察して草刈り機を下ろした。


「……結構ヤバいのか?」

「あぁ、火熊だよ。家畜がしょっちゅう食われてる。そのうち人間にも手を出すんじゃねぇかってな」


 火熊は巨大な熊の姿をした魔獣で、その危険度Aランクに位置している。

 全長約3メートルを超える巨体で口からは炎を吐き、鋭い爪の一撃は牛を串刺しにするほどの威力を持つ。

 レギオスも軍人時代、野営の際に火熊に襲われ、追い払ったのを思い出す。

 危険度は高く、末端の兵たちでは束になっても勝ち目はない。


「……大丈夫なのかよ?」

「ハッ」


 だがその問いをジークは鼻で笑い飛ばす。


「当たり前だ。俺様の実力を舐めるんじゃねーぞ? お前ら一般人は家に帰って大人しくしていろよ」

「……そうか、わかった。気を付けるんだぞ」

「ケッ、誰に言ってんだ」


 自信満々なジークに、レギオスはすぐに背を向ける。

 家は街から離れた場所にあり、シエラもいるのだ。

 彼らの事も気になるが、まずはシエラの安全を確保せねばならない。

 レギオスは草刈り機を担ぐと、早足で家に戻る。


「シエラ!」


 扉を開け放つレギオスに、椅子に座っていたシエラはきょとんと目を丸くした。

 どうやら外出はしていなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。


「……どうしたの、レギオス」

「魔獣が出たらしいからな。さっき鐘の音が聞こえただろう」

「うん、聞こえた。……心配してくれたの?」

「当たり前だろう」

「……えへへ」


 当然、と言った口調のレギオスを上目遣いで見上げ、シエラは少しだけ微笑んだ。


 ■■■


 カンカンカンカンカン! カンカンカンカンカン!

 鐘の音が鳴り響く中、ジークを中心とした狩人たちが山へと入っていく。


「あっちだ! あっちへ行ったぞ!」

「銃は使うな! 味方に当たる!」

「囲め! 囲めーっ!」


 松明を手に追い立てる狩人たちだが、鼻の利き、頭の良い火熊は中々追い詰めるには至らない。

 それでもどうにか追い詰め、ようやく包囲しつつあったのだが……


「ぎゃあああああっ!?」


 包囲の一部、もっとも脆い箇所を狙い火熊が突進する。

 魔獣狩りになったばかりの経験浅い若者は、火熊に踏み潰されあっさり突破を許してしまった。

 他の者たちが近づこうとするも、火熊は口から炎をまき散らし寄せ付けない。


「大丈夫かハンス!?」

「くそ、見失った……!」

「追え! 追えーーーっ!」


 それでもジークらは諦めない。

 火熊を追い立てる鐘の音は、夜遅くまで山に響き渡っていた。


 ■■■


「ったく、うるさいな……」


 ベッドの中で、レギオスが呟く。

 どうやら火熊は近くにいるようで、追い立てる音がここまでうるさく響いていた。

 耳栓をして毛布を被っていたが、それでも耐えられない。

 夜も遅く疲れもあるにもかかわらず、レギオスは眠れなかった。

 ――ふと、こんこんと扉を叩く音が聞こえる。

 扉の開く音にレギオスは顔を上げると、扉が開きシエラが立っていた。


「どうした? シエラ」

「怖くて、眠れなくて……だから一緒に寝ても、いい?」

「っておいおい、そんな子供みたいな事を……」


 待ったをかけようとするレギオスだが、シエラは構わず近寄ってくる。


「……えい!」


 そしてレギオスの毛布に飛び込み、潜り込んできた。


「あ、こらシエラ!」

「えへへ」


 そのままレギオスの胸に顔を埋める。

 ぐりぐりと額を押し付けるたびに、長い髪がレギオスの顔をくすぐった。

 こうなったらテコでも動かない。そう知っているレギオスは諦めたようにため息を吐く。


「あぁもう……勝手にしな」

「うん、勝手にする」


 そう言ってシエラはレギオスを、強く、強く抱きしめる。

 ふと、レギオスはその小さな身体が震えている事に気づいた。


 そうだ、大人びて見えるがシエラはまだ子供。

 あれだけの事があったばかりに加え、住み慣れた帝都を離れ、ギャレフに引っ越したばかりである。

 レギオスは仕事をせねばならず、その間シエラは一人で家にいるのだ。

 不安であろう。恐ろしいであろう。

 その心中は察するに余りある。

 レギオスはシエラを抱き寄せ、その頭を撫でてやる。

 シエラの震えが少しずつ収まっていき、そのうちスゥスゥと寝息を立て始めた。


「そうだな。せめてシエラには心安らかに過ごして欲しいもんな」


 傷心のシエラに自分がしてやれるのは、そのくらいである。

 故にこれからはシエラが平穏無事に暮らせるよう、尽力しよう。

 レギオスはそう決意した。

 外ではまだカンカンと鐘の音が聞こえていた。


 ■■■


 翌日、朝早く起きたレギオスは、残りの草刈りを終えギルドに向かった。


「……はい、草刈りの依頼、これで全て終了です。お疲れ様でした」

「こちらこそ、ありがとうございました」


 受付嬢と共に草刈りをした場所を巡り、確認を終えたレギオスは報酬金を貰う。


「それとレギオスさん、先日言っていた草刈り機の件ですが、少し待って貰えますか? 火熊が現れてそれどころじゃなくて……」

「えぇ、いつでも大丈夫ですよ」

「ほっ、よかった。えぇもう魔獣が出るとてんやわんやでして……そういえばレギオスさんの家は町外れなんでしたね。よかったらこちらに避難して来られますか?」

「いえ、お構いなく。……ただ家の周りに柵を作ろうと思っているのですが、問題ありませんか?」

「え? えぇ。あの辺りは誰の土地でもないので構いませんが……」

「よかった。では急いでますので」


 首を傾げる受付嬢に、レギオスは背を向けるのだった。


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