軍人、出立する②
長老から荷車と馬を借りたレギオスらは、コリンズに急かされながら村を発つ。
目的地はグレン火山、コリンズの案内の元、順調に進んでいく。
「のうレギオスよ」
「はい?」
「おう。それじゃ。その鬱陶しい敬語はもうよさんかい。こそばゆくって敵わんわ」
ボリボリとむずがゆそうに首を掻きながら言うコリンズに、レギオスは苦笑した。
「――あぁ、わかったよ。俺もそっちの方が気楽だ」
「なら最初からそうせい。全く人間ってのは堅苦しくていかんわい」
「建前ってやつさ。そうしなくていいあんたたちが羨ましいよ」
レギオスはやれやれと首を振った。
建前と礼儀作法で本音を隠し、探り探り要望を通す。
実際問題面倒なものだが、これもまた人の世を渡る処世術。
仕方ない事だというのは、二人ともわかっている。
「ふん、それより二人とも、そろそろ降灰地帯に入るからマスクを付けておけ」
コリンズがリュックから取り出したのは、防塵マスクだ。
レギオスはそれを受け取り、シエラと共に装着する。
「なんか息苦しい……」
「シエラ、マスクの中にこれを入れておけ」
「何これ、葉っぱ?」
「ギリン草の若葉だ。空気中の毒素を中和する作用がある」
「ほう、詳しいのう。レギオス。さては道中摘んでおったな?」
「簡易のものだが、一応自前でマスクも用意している。コリンズのほどいいやつじゃないがね。火山地帯に赴くんだ。そのくらいの準備くらいはしておくさ」
「周到ではないか。うん! 人間にしちゃあよく知っとるわい!」
仕切りに感心するコリンズ。
軍人として各地を回っていたレギオスにとっては、この位の準備は普通である。
戦いは準備の段階から始まっている、とはレギオスが師から耳にタコができるほど聞かされた言葉だ
背負い袋にはマスクだけでなく、他にも様々な装備が入っている。
「コリンズも使うか? ギリン草」
「心配無用、ドワーフは頑丈じゃからの。マスクだけで十分じゃい。がっはっは」
大笑いするコリンズに連れられ歩くことしばし、視界が白く濁ってきた。
降り落ちる灰が宙を舞っているのだ。
空を見上げると、太陽の光にキラキラと反射して見える。
足元にも薄っすらと灰が詰まっており、レギオスはその上に何かの足跡を見つけた。
「あぁ、火蜥蜴のものじゃのう。やつら昔っからここらに生息しとるからの」
「炎を吐くと言われている巨大トカゲか。岩石地帯に住み、普段は岩影に隠れているような臆病な性格の魔獣だ。あまり表には出ないはずだが……」
「火山の噴火で居場所を追われたのだろうよ。まぁ大した魔獣ではない。そう警戒する事もなかろう。それよりもう到着じゃ。ほら見えてきたぞ」
コリンズの指差す先、森の枝葉の隙間から赤く燃える火山が見えていた。
「今は休眠しとるようじゃが、時折どーん! と噴火しおる。いつまた火を噴くかわかったものではない。さっさと仕事に入るぞい」
「うむ」
三人は灰の降る森を進む。
グレン火山まではもう僅かだった。