軍人、出立する①
「う……」
うめき声を上げ、起き上がるレギオス。
霞む視界の奥には、心配そうに覗き込むシエラがいた。
「レギオス! ……大丈夫?」
「あぁ、何とかな……」
意識を取り戻したレギオスが辺りを見渡すと、そこは長老の家だった。
家屋の隙間から陽の光が漏れており、鳥の囀りが聞こえてくる。
どうやらもう朝らしい。
起き上がり、大きく伸びをする。
「いきなり倒れるんだもん」
「心配かけたみたいだな。でももう大丈夫だ」
レギオスは唇を尖らせるシエラの頭をぽんと手を載せた。
しかしシエラの機嫌は治らず、まだ不機嫌そうな顔をしている。
「むぅ、すぐそうやってすぐ誤魔化そうとする」
「すまんすまん」
「おう、レギオス! 起きとるかいの!」
そんなやり取りをしていた二人の間に、野太い声が割って入る。
太い腕で簾を退け、部屋の中に入ってきたのはコリンズだ。
「昨日は随分はしゃいでしまったが、大丈夫じゃったか?」
「じゃない。レギオス、さっきまで寝てた」
「がっはっは! そりゃ悪い事をしたのう!」
シエラが睨みつけるが、コリンズは全く気にしてなさそうで大笑いしている。
「大丈夫ですよ。いやぁ参りました。大した酒豪ですね。コリンズさん」
「そりゃあお主もだ。レギオス。……あんた魔術を使ったね?」
コリンズが目を細め尋ねると、レギオスは口元を緩めた。
「……バレましたか?」
「上手く誤魔化してはいたから、気づいたのは終わってからだがの。あの時ゃワシも酒が入っておったし、無理に勧めた手前文句など言わんわい」
照れ臭そうに髭を弄るコリンズを見て、怒ってはいないようだとレギオスは安堵した。
「ところでワシらの荷物を取りに行く件だが、案内人が必要じゃろう。よかったらワシがついて行くが、どうじゃ?」
「コリンズさんが? それはありがたいです」
「礼など不要じゃよ。何せあそこに一番荷物を転がしとるのはワシじゃからな。『ブラックアクス』、知っとる? あれ、ワシの店」
「『ブラックアクス』!? あの特級ブランドの!? 本当ですか!?」
目を丸くするレギオスに、コリンズはいかにもと頷いて返す。
シエラはこっそりとレギオスに尋ねた。
「ぶらっくあくす……? 何それ、レギオス」
「帝都にも扱う店がある程の有名な鍛冶屋のブランドだ。黒い斧の印が刻まれた、アレだよ」
「あー、見たことあるかも」
「高い精度と安全性、高品質がウリのブラックアクス製品はシンプルなデザインにも関わらず芸術と称される程だ。帝都では金槌一本金貨一枚で取引されている」
二人の話を聞いていたコリンズは、ぬぅと唸り声を上げる。
「なんじゃあ? あの金槌をそんな高値で売り捌いとったのか! 全くあの欲深らめ! せっかく目をかけてやっているのに!」
「……まぁ彼らもここまで買い付けに来るのはかなりコストがかかるでしょうしね」
憤慨するコリンズをなだめるレギオス。
そういえば最近ブラックアクス製の物をめっきり見なくなっていたなと思い返す。
一体何事かと思っていたが、なるほどそういう理由だったのかと頷いた。
「まぁそんなわけじゃ。大分休ませてもらったが、ワシもそろそろ仕事をやらんとな! というわけでレギオスにシエラよ、早う出立の準備をするのじゃ! そしてさぁ、いざ行かん! 我が魂を取り返すために!」
「お……」
「おー……」
威勢よく声を上げるコリンズに、二人は小さく声を上げて返した。