軍人、工作をする
「さてと、まずは買い出しだな」
依頼された滑車の制作の為、レギオスは町へと向かった。
以前訪れた道具屋に足を踏み入れると、店主が迎えた。
「おう、ニイちゃん久しぶりだな……」
店主は見るからに元気がなさそうで、落ち込んでいる様子だった。
「ご無沙汰。元気がないようだが、どうかしたのか?」
「へっ、ご覧の有様よ」
店主が顎で売り場を指す。
それを見て、レギオスはすぐに理由に気づく。
「……あー、鉄線を入荷しすぎたのか」
売り場には大量の鉄線が並べられていた。
「いやぁちょっと前まで火熊対策に有刺鉄線が売れてたからよぉ、その分発注をかけたんだが……品物が来た途端に火熊が倒されちまってな。だーれも買ってくれねぇでやんの。参っちまったぜ! がはは!」
自虐的に笑う店主だったが、すぐにうなだれすがるような目でレギオスを見た。
「……なぁニイちゃん、よかったらこの鉄線、買ってくれねぇかなぁ。今なら三割引いとくぜ? なっ?」
「ふむ……」
店主の頼みはレギオスにとっては僥倖だった。
丈夫な滑車を作るには、鉄線が必須。
前回来た時に大量の鉄線を入荷する、とか言っていたのでもしやあるかも……と思いこの店に足を踏み入れたがまさかの三割引きである。断る理由はない。
「わかった。全部買わせて貰う」
「本当かっ!? ありがてぇ! すぐ用意するぜ!」
店主は喜び勇んで鉄線を用意していく。
10メートル超えの鉄線を何束も持っくるのを見て、レギオスは呆れる。
「どれだけ仕入れたんだよ……」
「いやぁ、まだ火熊の脅威は続くと思ってよう。ははは」
「まぁ構わんが……あ、鉄板もいくつか貰えるか?」
「おう! これはサービスしとくぜ!」
ついでにとばかりに、店主は鉄板をドサドサと乗せた。
更についでに、用意した台車に鉄板と鉄線を詰め込んだ。
「まいどあり!」
満面の笑みの店主に見送られ、レギオスは台車を引き歩く。
「……台車、二台になっちまったな」
次に店に来るときに持ってこよう。
そんな事を考えながら、家へ帰るのだった。
「さて、と」
作業机代わりの切り株の脇に台車を横付けしたレギオスは、前日に書いておいた設計図を広げた。
「なになにー? なにしてるのー?」
そんなレギオスの後ろから、メープルとシエラが近寄ってくる。
「こら、メープル。レギオスの邪魔しちゃ駄目!」
「なによー。シエラだって興味津々って顔だったくせにぃー」
「そ、それは……」
そんな二人の微笑ましいやり取りを見ながら、レギオスは手招きをした。
「構わんさ。ただし危ないから見るだけだぞ」
「いいの?」「わーい!」
二人は嬉しそうに駆け寄ると、レギオスの肩越しに作業の様子を覗き見る。
レギオスは改めて作業に入る。
チョークを手にし、図面を見ながら鉄板に印を打っていく。
「ねぇレギオス、それは何しているの?」
「目印を打っているのさ。印の場所を切断、溶着する。……まぁ見ていろ」
聞きなれない単語に首を傾げるシエラとメープル。
レギオスは印をつけ終えると、指先に『電撃』を集中させていく。
一点に集中した電撃は、パチパチと爆ぜながら眩い光を放っていた。
レギオスは胸元から黒いグラスのメガネを取り出すと、それをかける。
これは黒の濃い特別なもので、レギオスの視界はほぼ真っ暗闇になる。
「おおっ、サングラス。結構似合うー!」
「レギオス、似合ってる。かっこいい」
「こいつはサングラスじゃない。遮光グラスだ。溶接の際に出る光を遮断する役割がある。二人とも、この光を直接見るなよ。視線を外していろ。目を焼いてしまうからな」
「う、うん」「あわわわ」
慌てて目を隠す二人を確認した後、レギオスは指先を鉄板に近づけた。
ばちん! と一際大きな火花が飛び散り、触れた箇所が真っ赤に染まった。
指を動かしていくと、火花を散らせながら鉄板が切断されていく。
「おおっ! 切れてる切れてる!」
「溶接って技術でな、電撃で鉄を溶かし、切ったり繋いだりするんだ」
「へぇ、繋ぐことも出来るの?」
「あぁ、ちょっと待ってな」
チョークで印した型通りに鉄板を切り抜いたレギオスは、それを重ね合わせて接着面に指を当てる。
またばちばちばちと火花が散り、溶けた鉄板が接合された。
「へぇー。器用なもんねぇ」
「レギオスは手先も器用」
しきりに感心するメープルに、シエラが胸を張って答える。
その間にも、レギオスはひたすら鉄板を切っては繋いでいく。
徐々に形になっていき、そして滑車が完成した。
「なんかこれ、見たことあるかも。井戸から水をくみ上げる道具?」
「うむ。だが今回は重い岩を持ち上げるからな。木製のものでは耐えられない。ロープも鉄製で作る必要がある」
そう言ってレギオスは、先刻購入した鉄線を取り出した。
「それで鉄線を使うのね?」
「いいや、これだけでも強度が足りない。だから、編む」
そう言ってレギオスは、鉄線を三本取り出した。
二本で丸を作り、交差するように編んでいく。
「三つ編みみたいねぇ」
「少し違うがな。似たようなもんだ。これをワイヤーという」
「へぇ。私、やってみたい」
「私も私もー!」
「おう、頼むぜ」
レギオスは二人に鉄線を渡し、編んでもらう。
三人共地面に座り込み、ひたすらひたすら編み紡いでいく。
徐々にそれは一本の縄のようになっていく。
「くぅ……結構難しい……」
「これ、楽しいかも」
メープルは苦戦しているが、シエラは器用なものだった。
見かねたシエラが、横について教える。
「一回鉄線を通すたびに、ぎゅっと締めればやりやすい」
「こ、こうかな……?」
シエラの教えでメープルのワイヤーもいい感じになり始めた。
それからしばらく、三人は集中して作業を行う。
最初からそれなりに早かったシエラの作業速度はすぐにレギオスと同じくらいになり、見栄えに関しては比べ物にならないほどだった。
「そういえばシエラは昔から手先が器用だったな」
「うん、レギオスのコートとかよく縫ってたし」
得意げに胸を張るシエラの頭を撫でる。
「あらあらー、微笑ましい光景ねぇ」
その様子をメープルはニヤニヤしながら眺めていた。
翌日、レギオスは荷車に引いて工事現場に現れた。
「よう、ジーク。例のブツを持ってきたぞ」
「おおっ! 早いな! 早速見せてくれよ……どれどれ、こいつは見事なもんだ。ロープは鉄でできてるのか」
「あぁ、鉄線を編み込んでワイヤー化している。そう簡単には千切れんよ」
「……こいつは確かにすげぇな。おーいお前ら、ちょっとこいつを仕掛けてくれ!」
ジークは早速ワイヤーを大岩に括り付け、もう片方のワイヤーを男たち数人が握らせる。
「よし、一気に引け!」
「せぇぇぇぇぇぇのッッッ!!」
ぎし! と鈍い音がして大岩が僅かに動く。
大岩の甘味でワイヤーがピンと張られるも、その強度は十分のようで、しっかりと支えられていた。
おおおおおおお! と歓声が上がる中、大岩は持ち上げられていく。
「こりゃすげぇ。ビクともしねぇぞ!」
「おう! これなら神殿の再建が相当捗るぞ!」
「作業も楽になるぜ!」
皆が讃め称えるのを見て、ジークはふむと頷いた。
「なぁレギオスよ、こいつをもう一つ二つ作れねぇか? そうすりゃ同時作業出来てもっと早く神殿の修理が終わりそうだ」
「ふむ、そうだな。材料には余裕があるし、もう幾つか作ってみよう」
「ありがてぇ! ……おい、てめぇらも礼を言え!」
「あざーっす!」
野太い声で一斉に礼を言い、頭を下げる男たち。
レギオスはそれを満更でもなさそうな顔で受け取った。