タイツと元凶と中の人と
着いたのは『第一事業部 第一資材室』という部屋だった。広さは小学校の体育館半分くらいかな。
入り口ドア付近から見た室内は、等間隔で棚が並べられており、その中には石板、巻物、武具などいかにもファンタジーっていう品物から、一体何に使うのか分からないような品々までが、うっすら埃をかぶり、乱雑に並べられていた。
棚に入らないものは、壁沿いの床に置かれている。
窓が小さいから薄暗いし、ここって物置代わりなのかな?
でもなぁ、一応天界って呼ばれてそうな場所なんだから、武具とかは、それなりの価値だと思うんだけどさぁ……これはなぁ。
私の視線の先には全身鎧。
それには何故か、メイド服が着せられている。
しかもミニスカートタイプの黒色のもので、スカート部分にパニエがふんだんに使われたゴスロリ調のもので、脚部には白ニーソックスもあしらわれている。
しかし微妙に左ニーソックスがずり下がっていた。
こんな格好させているんだから、せめてニーソ位は、ちゃんと着せてあげようよ。
これじゃ鎧も浮かばれない、扱いが悪いにも程があるよ。
私はずり下がっていたニーソを正しい位置に直す。
そんなことをしている合間も、リグレット様は棚の間を進んでいき、少しだけ広い空間に出る。
そこには布がかかり、こんもりとした三つの物体があった。
「見せたいものは、これ!奏ちゃん」
リグレット様は自信満々、満を持してな風情で、その物体にかかっている布を取り払う。
その三つの物体は混沌の一言に尽きた。
瓦がモチーフな東京23区外出身、下半身が全身タイツで覆われた、ゆるキャラ。
頭がテレビで、身体はやはり全身タイツで覆われた昔のCMキャラクター。
最後は『煮て良し、焼いて良し、でもタタキはいや』なギャグ漫画のキャラクター。これも足は編みタイツだ。
どれもちゃんとマネキンに着せられていて、資材室の他の物品に比べて、扱いがいいんだよなぁ。
でも最後のキャラが着用している編みタイツだけは、マネキンではなく、横に添えられたダイコンが履いているのは、何故?
シュールなそのセンス、個人的には嫌いではない。
ただ、だだね……
「癖が判り易すぎます……リグレット様!」
そうか……リグレット様は足フェチか。でも足フェチ族でも少数民族っぽいな。
この三つのガワの共通点は、『顔が見えない』『足がタイツ』『人外』だろう。
じゃあメイド鎧もリグレット様の趣味ってことになるのかな。
うーん、癖に業を感じる。
とりあえず『あんなの飾りです』って、戦争末期にいった整備士とは、話が合わないと思う。
「失礼なこといわないでよ、奏ちゃん!俺の癖じゃないから!」
あれ、リグレット様が焦ってる。初めてなんじゃない?
「じゃあなんで、こんなの見せるんですか!この癖、他の神様たちに理解してもらえなくて、地球出身の私なら理解してくれるよね!って感じで見せたとしか思えないんですけど」
「これは俺の癖じゃなくて、部下の癖だから」
「本当ですかぁ~?」
あんなに焦っていたから、多分本当なんだろうな。
「もぅ~、呼んで証明したいけど、あいつ今、地球だからなぁ」
「えっ、ここの神様って地球行けるんですか?」
もっとからかおうかと思ったけど、リグレット様の話に思わず聞いてしまった。
「行けるよー、許可制だけどね。ほら異世界人って、地球人へのヘッドハンティング原則禁止でしょ? だから地球にいくときには、異世界公正取引委員会に提出するための、ヘッドハンティングしません的な書類作ってもらうんだけど、書類作るの結構面倒くさいから、よっぽどじゃなきゃ地球行く神っていないんだよね」
じゃあ、その神はよっぽどのことで、地球行ったってことか……任務かなぁ。
リグレット様みたいに有能だけど、残念な神様なのかも。
「一部表現がドイヒーだなぁ、奏ちゃん。俺、神だから気にしないけどさ。そいつが地球に行ったのは、本人たっての希望。地球大好きなんだよねー、そいつ。まぁ褒賞のうちの一つってところかな」
あー地球でいうと、日本大好き外国人って感じなのか。
「褒賞もらえるなんて、どんな成果あげたんですか?」
ちょっと気になる。ここでそんなに誉められることって、想像つかないしなぁ。
オーソドックスなところだと、下界の文明発展に寄与したとかだけどさ。
「う~んとね、地球人の頭に植木鉢落として、合法的にエルガルドへ、引っ張ってこれるようにしたことだね」
まさかの私が異世界転移する元凶だったよ……
これ、ラノベとしてタイトル付けたら『人の頭に植木鉢落として殺しちゃったけど、上司に誉められてご褒美もらいました』って感じに違いないよ。
「っつーか、なんで被害者の補償が終わってないのに、加害者の褒賞は終わってるんですか!」
なんか微妙に納得いかないぞ。
「まあ、そこは絶妙に引き延ばして、あわよくば、ここで働いてもらおう、っていう思惑もあったりなかったりぃ?」
「こっちは被害者なんだぞ、ゴラァァァ!」
ヤバッ、一応リグレット様って神だった。思わずスーツの胸ぐら掴んで、恫喝しちゃったよ。
いや、だってさ被害者が残念神に悩まされているのに、加害者が一足先にバカンスってどうなのよ!
「うーん、奏ちゃん……積極的だねぇ、俺嬉しいな!」
あ、リグレット様の頭のネジ飛んでるの、すっかり忘れてたよ。
そんな言葉に、毒気を抜かれた私が我に返ると、眼前にはリグレット様の顔があった。
世の女性が羨むほどの、長い睫毛に縁取られた黒曜石の瞳が、視線で私の存在を撃ち抜いた。
眼力強いってレベルじゃないぞ、これ。
その強さに落ち着かなくなり、私はそっと胸ぐらを掴んだ手を離そうとした。
が、リグレット様がそんな私の手を包み込むように握る。
くそっ、イケメンはそれだけで得だよな。フツメン以下が同じことしたら、通報されるに違いないから!
手を握られてるだけなのに!
ただそれだけなのに、手が熱い!
燃えるように熱いって。
何にこの恋愛ものっぽい展開は!
私はもう38才なの!
若くないの!
こういうのは要らないから!
っていうか、なんでこのウェーイ神は、私に変な構いかたするかなぁ?
こんな感じでさぁ……
「それはね、奏ちゃんだから」
あああああああ……そうだった、ここでは心の声だだ漏れだった!
楽だし慣れてきたから、つい忘れてたよ。
うわー、今までの恥ずかしい心情も聞かれているし……
しかも、リグレット様ってば、なんかサラリと歯の浮く台詞いってるし!
っていうか手を離せ!
もう私のHPは0に近いです。
ああ、早く異世界転移したい!
「ははは、ゴメンねー。苛めすぎちゃった。テヘペロ」
そんな心の声に、ようやくリグレット様が握っていた私の手を離してくれた。
おい……大の神様が、そんなケーキ屋のマスコットみたいに舌出しても、かわいくないから!
「ところで結局、これ見せた本来の目的ってなんなんですか?」
私は腕を組んで、軽くリグレット様を睨み付けた。
まだ熱の引かない手の感覚を、誤魔化すためじゃないですからね、別に!
リグレット様が口を隠し、クスリと笑った。
「ああ、そうだった。奏ちゃんが可愛いから、ついつい忘れてたよ。それで本題なんだけど、奏ちゃん……この三つのうち、どれの中の人になる?」
「どれも、お断り申す!」
保険で付けた恋愛タグが役に立てたみたいです。