軟体動物とお約束と引き抜きと
地球人とエルガルド人の魂の形は違うそうで、地球人の魂の形の方が質量が大きいらしい。
私が転生する場合、まず魂をエルガルド人の形にする必要があり、この時、記憶を持ったままだと、魂の形が変わらないらしい。
もし地球人の魂のまま転生することになると、魂の器であるエルガルド人の肉体が、地球人の魂の質量に耐えられず、受肉した時点で頭が割れることになるそうだ。
「こればかりは希望して叶う問題じゃないですね……」
どん底の人生の中で死んだので、生に対して未練はなかったけど、どうやら自分という存在には未練があるようだ。
「希望に添えなくて申し訳ないですが……」
転生しか選択肢がなければ別だけど、他にも選択肢があるなら、記憶がなくなるデメリットを受けてまで転生する必要はない。
そうだ、一応確認しとかないと……
「転移の場合、記憶がなくなるってことは?」
「転移なら記憶は大丈夫ですよ」
ふぅ、サーティス様から確約もらえてホッと一安心だ。もう転移一択だよね。
「そうなると消去法で転移一択になるので、詳しく説明頂きたいのですが……」
「あー、やっぱりそうなりますよね。個人的には一緒に働いてくれると嬉しいんですが……ほら、アレの相手を一人でするのって、ストレスが結構溜まるといいますか」
サーティス様はチラリとリグレット様を見る。
何とか壁から抜け出そうと、うねうねと身体を動かすリグレット様は、軟体動物のようで気持ちが悪かった。
「お気持ちは察しますが、さすがにあれと四六時中一緒というのは……」
「大丈夫です!私も一緒に対応しますので!」
サーティス様が真剣な表情でテーブルから身を乗り出してきた。思わず仰け反ってしまう程の迫力だ。
うわー、必死過ぎるよ、サーティス様。顔近いって!
「それにここで働けるほどの能力、私にはありませんし!」
「その辺は大丈夫!地球人ってだけで、条件クリアしてますから」
「あの、それってどういうことですか?」
「あっ、そこも説明してなかったですね。これは地球が異世界の試験場となってることとも関係するんですが……」
こうして私は何度目かの説明を受けるのであった。
詳しくはこういうことらしい。
地球には管轄している特定の会社はなく、各会社が共同で運営している。
これは試験場として、試験結果の正確性や精度を保つためというのもあるのだが、それは半分建前らしい。
地球及び地球人は、他異世界との親和性と魂の硬度と粘性が、飛び抜けて高いそうだ。だからこそ、どんな異世界の理や制度も受け入れることができ、それが地球や地球人に深刻なダメージを与えない。
これは地球及び地球人が良い試験場であることと共に、他異世界にとって地球人が即戦力になることも意味するらしい。
まあ、打たれ強くどんな社風にも馴染む人材は、地球の会社でも重宝するしなぁ……実務面はその都度教え込めばいい訳だし。
地球を国と見立てたら、輸入→各異世界からの理や制度、輸出→地球人って感じになるのか。
何か世界史で勉強した奴隷貿易を彷彿とさせるなぁ……
「私が能力的に問題ないのは分かりました。でも地球人ってそんなに異世界へ輸出されてるんですか?」
「奏さん、輸出って……まあ表現方法はさておいて。そこは制限がかかっているんです。どこの会社も地球人は喉から手が出るほど欲しいんですが、ヘッドハンティングし続けると、地球人が地球からいなくなってしまうので、基本的には地球人を会社にヘッドハンティングするのは禁止になってます」
「えっ、じゃあ私が働くのも禁止なんじゃ……」
「基本的には禁止ってだけなので、抜け道はあるんですよ。奏さんの場合、私どもの手違いで死んでしまったので、賠償の一環で善意の選択肢の一つとして用意しました。更にその事は異世界公正取引委員会にも報告済みなので、特に問題はないんですよ。まぁ抜け道を用意したのはリグレットなんですがね……そういったことには非常に冴えているんですよ、あれは」
未だ軟体動物と化しているリグレット様を見ると、そんなに切れ者には思えない……が、先ほどの試験場の件のリグレット様を思い出すと納得は出来る。
リグレット様は乙女ゲーによくいる『いつもは昼行灯、でも本当は切れ者』ってキャラなのかも知れない。
ゲーム内ならキャラ立ってるですむけど、現実にいるとこんなに周りを疲れさせるキャラなんだなぁ……
うん、サーティス様には悪いけど、私リグレット様の近くでは絶対働きたくないや。
「せっかくのお誘いなんですが、私は異世界転移しますんで!」
「お願いします!うちに入社してください!この短期間にエルガルドの問題点をいくつか指摘して、更に解決法まで提示出来るその手腕!しかもリグレットに辛辣な毒を吐けるその性格。地球人じゃなくても即戦力なんですよ!」
ちょっと聞き捨てならないこといいましたよ、サーティス様!
「なんでエルガルドの問題点指摘したなんて分かったんですか!」
「天界では人間の場合、思っていることが筒抜けになりますので……」
そのお約束設定が適用されているのか、ここって!納得はしたけど、なんで最初にいってくれなかったんだ。
いやいや、いわれたところで心の声を取り繕うなんて、芸当出来なかっただろうけどさ。
例えばだけど、外だと分かってて用を足すのは恥ずかしいけど、最初から分かっているから、それ以上の恥ずかしさはないんだよ。
でもトイレの中だと思ってて用を足したら、実はマジックミラーで覗かれてましたって状況だったら、恥ずかしさが天井知らずに積み上がるんだって!
「あー、今考えてたことも?」
「はい、ちゃんと聞こえてましたよ。いわなかったのは、いうべきことだと思い付かなかったというのもありますが、奏さんがどんな方か知るためというのもあります。一緒に働くという選択肢を提示するかどうかは、奏さんの性格次第だったので……」
「それにしては、ここで働くという選択肢の提示が早かったと思うんですが」
うん、結構最初の方にリグレット様から言われた気が……
「それはリグレットが暴走したからですよ……あの時は焦ってしまい、思わず叩く手にも力が入ってしまいました」
「いや、壁にめり込ませる最新の一撃の方が、力入ってると思いますが……サーティス様」
心の中でいっても、筒抜けになるのだ。口から言葉として出しても、きっと同じだろう。
「まあ細かいことはさておき……」
誤魔化しやがりましたよ、この神!
「奏さんの人となりが分かった今は、素直に申し訳ないとしかいえません、本当に申し訳ありませんでした」
サーティス様が頭を低く垂れる。
うっ!
素直に謝られると、私はとても弱い。
まぁ転移するまで、我慢すれば済む話だ。ここで争うのは得策ではないだろう。
「まぁ、すぐ転移するんで、そんなに気にしないでください」
そう思い私はサーティス様を思いやった。
「神になったら心の声は漏れませんから、安心してください。だからここで働きましょう!」
「なんか最初の印象と違うんですけど、サーティス様」
「私は神見知りなんですよ。初対面の人に強引に接することはできませんし、警戒もしますよ。でも今は今後の自分の仕事が楽になるかどうかの瀬戸際なので、なりふり構ってられません!」
「気持ちは分からなくもないですが、サーティス様ですらもて余してるリグレット様を、ただの地球人にも押し付けないでくださいよ!」
「それだけ分かっているなら、少しは荷物を受け持ってください」
「お断りいたします!」
思いやって損したよ……返せ!私の思いやり。
もしや、私の異世界転移最大の障害ってリグレット様じゃなくて、サーティス様なんじゃ……
私は異世界転移が遠退いたことに気づくと、血の気が引く気がした。
隠れてた事実が判明したので、前のページをちょこちょこ修正するかもしれません。