試験場とカリスマと美魔女と
「地球は一言でいってしまえば、全ての異世界共通の試験場なんですよ。それぞれの世界の神が、自分の世界で新しい制度や理を導入したいけど、いきなり導入して、深刻な不具合が起こると大変なので、とりあえず地球でテストしてから導入することになってるんですよ」
今、自分の生まれた世界が試験場だといわれたんだけど、これって怒るべきなのか、哀しむべきなのか……多分困惑っていう感情が一番しっくりくる。
例え地球が試験場だったとしても、それで理不尽なことはなかった。まぁ最後の最後で人生のドン底味わったけど、それは地球が試験場だったのが原因って訳じゃない。
「地球でも制度やシステムの導入する際に、モデルケースとして先行導入したり、医薬品を開発する時には治験したり、ゲーム発売前にベータ版でテストプレイしたりするから、有用性はよく分かりますよ」
「地球から来た奏さんは気を悪くしてしまうと思ってたんですが、奏さんが理性的な方で助かりました」
サーティス様が私の言葉に表情を緩める。
私は怒っているわけじゃないし、哀しんでいるわけでもない。
「気を悪くはしてないですよ。でもね……」
それでもそんなサーティス様の様子に、何か腑に落ちないものを感じるのはなぜだろう?
言葉を続けようとしたが、上手く言葉が浮かばない。
「奏ちゃんのいったモデルケースや治験とやらは、当事者たちが納得してやってる。
でも俺たちにしてることは、奏ちゃん含め地球の人々に了承取ってないから、自分たちをないがしろにしてるって言われたら、俺ら言い返せないよねー」
私の言葉の後に続いたのは、リグレット様だった。まだ唇の端からヨダレが若干垂れているので、復活して間もないのかも知れない。
『ないがしろにしている』その言葉を聞いて、私はああそういうことだったのかと思う。
妙に納得できたのだ。
「あのな、サーティス。いくら奏ちゃんがいい子だからって、悪びれもせず自分が所属していた場所をないがしろにしてましたっていわれたら、いい気はしないぞぉ」
リグレット様の口調から少しだけ真剣さが姿を覗かせた。
その様子にパンフレットに載っていた盛ってるリグレット様の片鱗を感じる。まぁスーツを着崩しているので、片鱗にとどまっているのだが……
それよりも、いい子って!もうそんな年じゃないから!なんか気恥ずかしいから!
「リグレット!私はないがしろにしてるなんて、そんなつもりは……」
私が心の中で百面相をしていると、焦った様子のサーティス様がリグレット様に異論を唱えようとしていた。
さっきまでのサーティス様の印象は、落ち着きのある出来る男だったけど、なんか途端に人間臭くなったな。
個人的にはこっちの方が親しみが持てる。出来る神のたまにみせる隙っていうのかな、そういうものがあった方が接しやすい。
「分かってるって!サーティスが、そんなつもりでいったんじゃないってことくらい」
リグレット様がバンバンとサーティス様の背中を叩く。これってハリセンで叩かれた仕返しなんだろうなぁ。
らしい意趣返しだなぁと思っていたら、次の瞬間リグレット様から軽さ、だらしなさ、どうしようもなさ、といった、リグレット様から今まで滲み出ていた、神らしくない要素が全て消え去った。
「そんなつもりはなかった、悪気はなかったってことは、時として悪意を持って意図的なことより始末が悪いって、こともあると覚えておいた方がいい。
何が悪いか分からないってことは、自分だけじゃ改善のしようがないからな。そういうことが他異世界との交渉において、致命的な失策を生むことにもなりかねない。
サーティス、お前もそろそろ他異世界と関わりを持つことになるから、その辺のこと一度考えてみてくれ」
今のリグレット様は、あのパンフレットに載っていた出来る男、頼りになるトップ、カリスマ溢れる指導者そのもの。スーツを着崩しているのなんて、全く気にならないほど圧倒的だ。
これが神の本気ってやつか。
「畏まりました……リグレット様、精進いたします」
サーティス様も敬語でリグレット様に頭を垂れている。
分かるよ……確かに今のリグレット様尊いもの。
それにいってること、私だって身に染みるもの。
サーティス様がいっていた、同業他社のシェア争いというのは、漠然と異能力バトル的なものだと思っていたけど、今の二人のやり取りを見ていて違うっていうのが分かった。
それは国家的にいえば外交で、経営的にいえば営業とか渉外のようなことだろう。相手が何を考えているのか探りながら、少しでも自分たちが有利な交渉をし、それだけでなく、相手の利にもある程度気を配り、出来るだけ友好的な関係を結ぶ。
多分それがシェア争いの基本と考えて、間違いなさそうだ。
ここからは私の個人的な考えだけど、交渉相手が友好的な関係を結ぶに値するのかを見定めて、その相手に応じた交渉術を駆使することも必要なんだと思う。
そうしながら自分たちの世界を守ったり、大きくしたりしてきたのだろう。
分析するのは簡単でも、その仕事を実際したいかどうかは、また別問題だ。
正直、私だったらリグレット様の仕事を絶対したくない。他人を煩しく感じるのに何が悲しくて、心理戦なんか繰り広げなくちゃいけないんだ。
でもサーティス様たちはそんな仕事も、将来的にはこなす必要があるらしい。そしてそれはとても難しいことのようだ。
さっきサーティス様はリグレット様のことを『同業他社とのシェア争いにおいては、なぜか無類の強さを発揮する』といい、若い神様たちからは、騙されたという声が聞こえるということをいっていた。
ここから分かるのは、他の神様たちは分析すらできていないってことだ。
どちらもリグレット様の仕事ぶりを見ているはずなのに、サーティス様はリグレット様がシェア争いに無類の強さを発揮する理由が分からないし、他の若い神様は騙されたと思っている。
私もリグレット様をただの残念で距離なしでウェーイな神様だと思っていたから、その辺りは仕方ないのかも知れないし、神様だから対等な交渉という感覚を身につけづらいのかも知れない。
でもそれが仕事の一つだとしたら出来ないまでも努力はしないと。
はあ……なんか神様の仕事って思っていたより地味で、気苦労も多そうだなぁ。
「それと奏ちゃん!奏ちゃんはもう少し自分の感情を理解した方がいいと思うんだー。咄嗟に反応出来ないと、いいように喰いものにされても文句は言えないしね」
まさかのダメ出し……しかも心当たりありまくりで的を得てるよ。
私はそれが原因で、私は上司にいいように喰いものにされたんだから。
……あ、ダメだ。思い出したら、ちょっと辛くなってきた。
「分かってます……すぐには難しいでしょうけど、努力はします」
それでも私はリグレット様に出されたダメ出しを、真摯にとらえて殊勝に返事をした。
「奏ちゃん、心配だよ。質のよくない男にこんな風に迫られて、あんなことやこんなことや口では言えないイヤらしいことされたりしたら、俺……」
そんな言葉が聞こえてきたかと思えば、リグレット様はいつの間にか私を背後から抱きしめていた。更に耳元から私の顔を覗き込んでいる。
部長のサーティス様が瞬間移動できたんだから、支店長のリグレット様だって同じ芸当できてもおかしくない。
そんな半分は現実逃避な分析をしていても、リグレット様の吐息が物理的距離の近さを物語る。
さすが支店長になるだけあるって見直していたのに、これじゃただのナンパ師じゃないか。
いやーっ!近い近い近い近いって!
「私、もう38才で肌に弛みやシワ、シミだってあって、そんな至近距離の視線に耐えられる美魔女的スペックしてませんから!」
私が思わず叫んだのは、そんな言葉だった。なんかこう、もっとかっこいい拒絶の言葉はなかったのだろうか。
正直自分の語彙のなさに情けなくなる。
「大丈夫だよ!奏ちゃん。死んでここに来た時点で、肉体的に絶頂期に若返ってるから」
なんですと……リグレット様もさらりと重大な事実ぶっ込んできたし!
あーそういえば、霊界のスポークスマンを自称していた大御所俳優が、昔作った死後の世界を題材にした作品で、死んで霊界に来ると老人なんかも、みんな若返るっていってたっけ。
なるほど死後の世界的にはそれが標準仕様なのか。
おいおい……ってことは私の拒絶の言葉って、意味がないじゃないか。
さぁーっと血の気がひいていく。そして気づく、私はまだリグレット様の腕の中ということに……
「だってこんなに可愛くていい子、このまま下界に降ろしたら変な男引っ掛かるに決まってるじゃないか!だったらその前に俺が!」
リグレット様は私の背後から退くこともなく、そのままの位置から右手を私の顎に添えるとゆっくりと近付いてきて……
「そういう問題じゃありませんから、リグレット!」
「ぶべし!」
スパーン!と小気味良い音と共に、リグレット様は見事に吹っ飛ばされ、壁にめり込んでいた。
もちろん吹っ飛ばしたのは、復活のサーティス様。ハリセン片手になんて頼もしいんだ!
保険でタグ登録してたR15と恋愛がいい仕事したと思いたい。