パンフレットと詐欺とデータと
短めですが、キリがいいので。
「奏さんは私たちが管轄する『エルガルド』という世界に転移もしくは転生することになります。どんな世界かはこちらをご覧ください」
サーティス様が机の上に差し出したのは、パンフレットだった。
表紙には『世界創造社』とある。
まさかの会社案内かぁ……死んでからも見るとは思わなかったよ。それいっちゃうと名刺もなんだけどね。
パンフレットを捲ると最初に目次があり辿ると、沿革や社史、事業案内などがある。
それに興味がない訳じゃないけど、今は自分の今後の方が大事、大事。
目次に支社紹介を見つけ、そのページを開くと私は思わず固まる。
「ははっ、新卒採用のパンフレットなので、会社に勤めている人物に焦点当てているんですよ」
私の反応に、サーティス様は渇いた笑いで、そう説明してくれた。
その視線は空をさ迷い、目は濁っている。相当苦労してるんだろうな、サーティス様。
サーティス様にそんな表情をさせているのは、きっちりスーツを着こなしたリグレット様が何かを語ってる写真だ。しかもページ見開きでデカデカと……
パンフレットの中のリグレット様は、ちゃんとスーツを着込んでるだけで大人物に見えるから不思議だ。
更に人物紹介として『エルガルド支店 支店長 リグレット=リグドリース』と記載されていた。
この残念なバ神様が支店長なのか!
その驚きに、これが新卒採用向けのパンフレットであることに対するツッコミは、私の頭から消え去っていた。
「えーと……言い方悪いんですけど、このリグレット様って明らかに盛ってますよね?」
この写真のリグレット様は出来る男、頼りになるトップ、カリスマ溢れる指導者という言葉がぴったりだ。どう考えても実情にそぐわない。
「奏さん、もっとはっきり言ってもいいんですよ。明らかに詐欺だと……事実、パンフレットのリグレットに憧れて入ってきた若い神たちからは騙されたという声もありますし」
あー、サーティス様とリグレット様の後ろで働く彼らは騙された犠牲者なのか。
「では遠慮なく……リグレット様がなぜ支店長なんですか?正直サーティス様の方が出来る男って感じなんですが……」
サーティス様は私の言葉に、まんざらでもないようで嬉しそうに微笑む。
「そこまで私を誉めてくれるのは嬉しいですね……リグレットは基本的に軽く、おバカで、だらしなく、どうしようもないんですが、こんなでもなぜか同業他社とのシェア争いにおいては、無類の強さを発揮するんですよ」
リグレット様、貶されてるのか誉められてるのか難しい評価だな。
まぁ、得意分野以外はダメダメだけど、得意分野では他の神様の追随を許さないって感じなのかな。
確かに無能でこんな性格なら神様なんてやってないだろうしなぁ。
ってあるのか?同業他社!危うく聞き流すところだった。
興味はあるけど、今の私にとっては今後の方が大事だ。それに聞いたら長くなりそうだし。
「ああ、話が逸れてしまいましたね。エルガルド全般に関しての紹介は次のページですね」
サーティス様の言葉に、私はパンフレットの次のページを捲る。
そこには自然豊かな森林地帯や、冒険者のような格好をした人物が手から出した火で、焚き火をつけている写真がレイアウトされていた。
魔法があって冒険者のいる世界かぁ……テンションあがるわぁ。やっぱりオタクたるもの一度は魔法と冒険者に憧れるよね、異論はあるだろうけど。
ページに目を滑らせていくと、端にエルガルドのデータが記載されていた。なになに……
エルガルド
人口:2億~5億(戦争により変動あり)
面積:3億km²
主な構成種族:人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族、竜人族など
産業:農業、牧畜、漁業、林業など
面積は地球よりやや小さい感じかぁ……人口が今の地球より明らかに少ないから窮屈ってことはなさそうだし、逆に他の人と出会うことが少なそうだな。
上司に嵌められて会社クビになってるから、少しだけ人が煩いんだよね。将来的にはそうもいってられないけど、今は出来るだけ人と出会いたくないから、人口少ないのは正直助かる。
それにしても人口のところの『戦争により変動あり』って言うのが気になるなぁ。
転移や転生する地域をよく考えて、戦争に巻き込まれないようにしないと……
それとも自分に振りかかる火の粉は払える程度の能力は最初からもらっておいた方がいいか。
まぁどれくらい希望を叶えてもらえるかにもよるから、この辺はサーティス様と相談しよう。
あと神様が作っているパンフレットの割にはデータに『など』が多いのも気になるな。
ここの設備が神殿、ローマ風の衣装、紙は巻物って感じなら、アバウトなのも分かるんだけど、会社形態を取っていて、スーツ着用でオフィス風な場所で働いているなら、もう少し自分達が管轄する世界を把握した方がいいと思う。
通常業務に手一杯で、そういう調査が後手に回ってるのかなぁ。
世界創造社がどんな業種の会社か分からないけど、管轄してる世界は発展してる方がいいと思うんだよね。
例えば優れた技術は持ってるけど、人数が少ない種族なんかが分かれば、加護与えたりして支援できるはずだし。
異世界ものの神様って、管轄する世界にどれ位干渉できるかが話によって違うから、なんともいえないけど、データは詳しいに越したことはないよ、うんうん。
「エルガルドの文明レベルは全体的に地球の中世と思ってください」
エルガルドのデータを読みながら、思考を巡らせていると、サーティス様がそんな補足をしてくれる。
その言葉に私のエルガルド像が更に鮮明になる。やっぱりサーティス様、痒いところに手が届く感じだわぁ。
「基本的には地球の物語の舞台によくあるオーソドックスな世界ということかぁ」
「大まかにはその認識で間違いないかと。魔法だけでなく、スキルや熟練度、ステータスウィンドウもありますし……」
なるほどなるほど、サーティス様からも同意を得られたことだし、あとは転生における生まれや、転移時の年齢や言葉を確認して……
あれ?
「サーティス様、私の聞き間違えでなければ、今スキルとかステータスウィンドウとかいいませんでしたか?」
「ええ、いいましたよ。それが何か?」
「いやいや、『何か?』って!何で会話が普通に通じているんですか?地球の中世にはスキルやステータスウィンドウの概念ないですからね!」
地球でも知らない人がいるのに、何で異世界の神様がそんなこと知ってるんだよ!
「ああ、そういうことですか。地球に存在するありとあらゆる事象は、全てどこかの異世界に存在する事象ですから」
おぉう、サーティス様……結構重大なことぶっこんできたな。
多分手直しすることになるんだろうなぁ……