魔方陣と婉曲法と悪夢と
『第二下界降下準備室』
それが私の案内された部屋の名前だった。
第二ってことは第一もあるってことだよね。
第一がどんな部屋か気になるところだけど、聞くのはガマン、ガマン。
だって目の前の設備、こんな面白そうなんだもの!
部屋の広さは三十畳程。
しかしながら掃除が行き届き照明が明るいため、資材室と違い日常的に使用されているのが見て取れた。
部屋の作り自体は非常にシンプル。
入口脇に私の腰の高さくらいの棚が二つほどある。室内の棚はそれだけだった。
そうシンプルではあるが、あるものの存在が、この準備室を『これぞ異世界』という部屋に押し上げている。
魔方陣だ。
この部屋には、直径2メートルくらいの魔方陣が二つ床に直接描かれており、入口から見て左右に並んでいた。
魔方陣の外郭は多分エルガルド語で書かれている文字でグルリと囲まれ、真ん中に円形になにも描かれていない空間がある。
そして二つの魔方陣の手前に、高さ120センチ縦横30×30センチの石の四角柱があり、その上部には不思議な模様が描かれていた。
サーティス様は慣れた様子で、その石柱に近づくと石柱の上部に手をかざす。
ぽわぁっとサーティス様の手が光り、その光が石柱の模様に移る。すると石柱の側面にあったであろう、今まで見えなかった模様が、上から下へ順にホログラムのように浮きでる。
それと連動してるかのように、二つの魔方陣の左が青く、右が赤く光出した。
光は魔方陣の上部へと伸びていき、それぞれの色の光の円柱を形作る。
魔方陣だよ!魔方陣、光ってるよ!
なんか興奮するんだけど!
今まで異世界っぽいことって、サーティス様が何もない空間からハリセン出したり、ハリセンの攻撃力がやけに高かったり、リグレット様がやけに打たれ強いことや、二人が瞬間移動したのを見たくらいだからなぁ。
ここの神様たちは基本スーツ着用だし、資材室で武具や鎧や巻物は見たけど、日本でも博物館行けば見られるしね……
それに資材室は、なんだか地球にある物体の方が異世界に存在するって印象が強かったし。
だから物体として、これぞ異世界ってものを見たのは、この魔方陣が初めてだよなぁ。
アニメや映画では見慣れた光景だけど、やっぱり本物は違うよ。
そんな私をよそに、サーティス様は魔方陣に円柱が形成されたのを確認すると、スキル説明の時に使ったのと同じような、タブレットを空間から取りだした。タブレットを四角柱の上に乗せると、画面がほのかに発光する。
そしてサーティス様は資材室で空間に入れた憑魂人形を取り出して、青い魔方陣の中に入れる。
人形は魔方陣の中で、浮かび続けていた。
おおー、重力無視とはさらに異世界っぽい!
私はここに呼ばれてから初めて、純粋な気持ちで、異世界というものを楽しんでいた。
そんな平和的な状況はサーティス様の一言で終わりを迎える。
「それでは奏さん、舞い降りた天使の姿になってください」
「はい?いってる意味は分かりますが、言葉が分からないです、サーティス様」
「なんか詩的な表現ですね」
「なに。とんちんかんなこといってるんですか? 詩的でもなんでもないですから、今の私の偽らざる心境です!
なんで、そんななんていう、表現になってるんですか?」
「だって女性に、あからさまな言葉はいえないでしょう」
これはもしや、便所を雪隠とか御不浄とかいうのと同じ感じ?
でも、でもねぇ……
なんか資材室でのサーティス様を彷彿とさせる言葉選びなんだよねぇ。
「舞い降りた天使なんて表現するんなら、普通に『脱いで』でいい気がするんですが……」
「奏さん……出会って間もないですが、奏さんは正直、女性の慎みというのを、少し意識したほうがいいと思います」
「はぁ……」
私には生返事しかできなかった。
まさか神様に、そこをダメ出しされると思わなかったな。
慎み……慎みねぇ。
多分サーティス様がいっている慎みというのは、生理とかムダ毛とかいわないってことなんだろうなぁ。
私だって特にいう必要がなければ、その言葉をいわないよ。でも今回は、快適な異世界ライフに必要なことだったんだよ!
だっていわなきゃ、生理もムダ毛もアリアリで転移することになってたんだから!
肉体的外見は若返っても、精神的にはもう38才だし、この年になると必要なら慎みを捨てることも厭わないよ!
これって、世間でいう『女を捨てる』ってやつなんだろうけど……
「奏さん、また生……とか、ムダ……とか、いって……はぁ、百歩譲って、必要時に奏さんが、そういう言葉を使うのは我慢します。
でもせめて生……は『母なる月の血』、ムダ……は『最終守護者』と表現を変えてください」
え?サーティス様。
まさかの悪夢再び……ですか?