暴露と二つ名と聖骸布と
「あれー、サーティス。スーツ紅いけど、変えたの?」
なんか、私、これ聞いちゃいけない気がするよ。
それを聞けちゃう、リグレット様の能天気さが、こういう時には羨ましい。
「これですか?気がついたら、このスーツを着てたのですが……何故こんなスーツを着ているのか、部下に聞いても、返答が要領を得なくて」
あー多分、部下の人も答えに困ったんだろうなぁ。
「リグレット、奏さん。何か知ってますか?」
いや、私たちが席を外した時には、まだ白いスーツだったから!
……かろうじてだけど。
「奏さん!やっぱり、なんか知ってるんですね」
聞かないでよ、サーティス様!
世の中には知らなくてもいいことって、あるんだよ!
「そうだよ~、サーティス。奏ちゃんも困っているじゃないか。俺が説明するからさぁ」
リグレット様、ありがとう。今ほどリグレット様に感謝したことはないよ。
「壊滅的に説明が苦手で、いい加減で、女にだらしなく、自堕落で、胡散臭くて、スーツの着こなしがなっておらず、場末のホストみたいですし、いい加減な書類しか作れないし、全然机の上片付けないし、何かあればすぐ仕事をサボろうとするし、仕事の指示はコロコロ変わる、あなたには聞きませんから!」
やっぱり、リグレット様は女にだらしないんだ。私にもあんなこというくらいだから、まあそうだよね。
女を見たら口説くのが、礼儀と思ってるのかも。きっと病気みたいなものなんだろうね。
腐ってもあれだけの美形だし、泣かされた女の人も多いのかな?あー、やだやだ。
それにしてもサーティス様、最後は仕事の愚痴になってるよ。別の意味でも溜まっているんだなぁ……
「確かにさ、俺は女にだらしなかったけどさ、サーティスも、なんでこんな場所でいうのさ……
奏ちゃん、あーやだやだって、いってたし……嫌われたよ嫌われたよぅ」
リグレット様はヨロヨロと壁際まで行き、床にしゃがみ込むと、壁にもたれ掛かっていた。
目は虚ろで澱みきり、口からは吹き出し状の何かが抜け出で、こちらに向かって『ヨッ』と挨拶していた。
まるでデスマーチ中のプログラマーか、修羅場原稿中の同人作家のようだ。
とにかく身体全体で悲壮感をアピールしている。
なんで、そんなに落ち込んでるのか、よく分からないけど、ここで暴露されたのは、今までの行動がひどすきて、サーティス様の堪忍袋の尾が切れたからですよ。
うん。自業自得だと思います、リグレット様。
「これでリグレットもしばらく大人しいはずです、奏さん!私に知ってることを教えてください!」
うわーどうするよ?これ絶対言ったらダメでしょ!
『王さまの耳はロバの耳』ならぬ『サーティス様のスーツは鼻血の血』ってさ!
ああああぁぁあ……心の声ただ漏れだから、意味ないよ。バレてる!
「あ、あのですね!こ、これは……その」
私がなんとか取り繕おうと、たどたどしくも言葉を選んでいると、当のサーティス様の様子がおかしい。
「あ、ぁ……私の中の、邪な気の力がぁ……痛い……頭が…………」
サーティス様は右手で頭を抑え、流麗な眉を寄せ苦悶の表情を浮かべる。
「サーティス様、大丈夫ですか?」
サーティス様に、なにが起こった?
邪な気ってもしや『悪堕ち』っていうやつか?
「ああ、奏さん……す、みません。今、私は何を?」
額にうっすら汗を滲ませているが、いつものサーティス様だった。
「今、邪な気の力がって、サーティス様仰っていて……」
「私がそんなことを?……すみません、何も覚えいなくて」
何か病気だろうか?サーティス様の顔色を見ると、少し血色が悪いかな。
ただこれはスーツを染め尽くす程、大量の鼻血をブーしたのが理由、ということも十分考えられるから、一概に病気と考えるのも早計だろうなぁ。
ああっ!……また心の声で、禁断の言葉『鼻血』を発動してしまった。
「う、核が……はあ、はあ……第8位階、紅放射の名を持つ『ノーズブリード』か……これは!……私の核を染めるつもりなのか?」
サーティス様が胸部をスーツの上から、掻きむしるように鷲掴んだ。
あれ?なんか引っかかる……なんだろう、こんな人って地球でも存在したような気がするんだけど。
英語得意じゃないから、うろ覚えだけど、確かノーズは『鼻』だった気が……
ブリードは競馬で、たまに聞く言葉のような……確か『血統』とか『血筋』みたいな意味だった気がする。
鼻、血、筋……『鼻血』?
いやいやいやいや……まさか紅放射って、鼻血をブーするってことか?
私は頭によぎるサーティス様に起こっている事象についての、とても痛い可能性を必死になって振り払う。
それでも一度私に芽生えた疑念は拭えない。
いや、まさかそんな筈はない……
サーティス様は、きっと貧血なんだよ。
私の『ムダ毛と股間部』発言によって、大量の出血を催した訳だし……主に鼻から。
しまった!また心の声が……
「奏さん……リグレットを連れて逃げるんだ!
今は私がノーズブリードを抑えているが、業を煮やした第5位階、無意味豊穣の名を持つダークネス=アンダーウールと、第3位階、秘密三角域のフィメール=ジェナトゥールズが増援として現れ、私の核を更に侵食しようとしている。
今は、まだ意識を保っていられるが、いつまで私が私でいられるか……」
これは……私の嫌な予感が当たったとしか思えない。
ああ、サーティス様は病気だ。
しかも地球では、思春期の青少年が掛かると、いわれている病気。
大人になっても患ったままの人もいるが、
大抵は思春期のうちに完治する病気だ。
完治したとしても、思い出すと悶え苦しむという後遺症に悩む人も多い、アレだ。
「フハハハハハ!やっと、こやつの核を手中に収めてやったぞ。我らを手こずらせたのは誉めてやろう!
だが我ら黒歴史十字軍にかかれば、造作もないこと。この肉体は黒歴史十字軍、唯一至高の御方の依代となるのだ!」
イってる!サーティス様、イっちゃってるよ。
黒歴史はサーティス様の病気と対をなす言葉だよ。
双璧だよ、兄弟といっても過言じゃない!
はっきりという、サーティス様は病気だ。
その名も愉快で悪名高き『厨二病』
「ふむ、これが我の依代か。なかなかの肉体ではないか……ん?忌々しい!はぁ……封じられて尚、我の邪魔を……はぁ、するのか……や、やめろ!」
サーティス様はいきなり苦しみだし、片膝を床に付き、息を荒げ出した。それだけ見れば苦しむ様も美しいと、誰しも思うだろう。
もうね、厨二病だと分かったら、突っ込みどころありすぎて、どうすればいいか……
「ああああぁぁあっ!!」
叫びのあと、サーティス様はバタリと、まるで万歳をするように、うつ伏せに倒れ付した。
あ、大人しくなった。
やっと勝敗が決した体なのね。
悪役に身体を乗っ取られながらも、精神支配をなんとか抜け出そうとする的な展開……確かに厨二心が擽られる。
……
…………
…………
サーティス様が動かなくなって数分。思い込みだけで気絶できるとは……
もしかして、部下の人も、これ見せられたのかなぁ……もしそうなら、キッツイなぁ。
っていうかサーティス様、このまま死んだりしないよなぁ……
でも、もし死んでいたら、あのスーツって聖骸布になったりして。
あ、でも聖骸布は人の子として、産まれた救世主の遺体を包んだ布だったはずだ。
サーティス様は元から神様だからならないのかな?
仮に聖骸布になったとしても、どんな状況で流れた血液なのかって、理由は説明できないだろうから、箝口令引かれるんだろうなあ。
まさか『ムダ毛と股間部に妄想逞しくして出した大量の鼻血』って、公表できないだろうし、やっぱり。
そういえば神様って死ぬのかなぁ……
ちょっと気になるから後で聞いてみるか。ついでに転移後の私の寿命も聞いておこう。
そんなことを思っていると、ピクリと指が動いた。
「う……う、ぅ…………」
サーティス様は一呻きすると、上体を起こし四つん這いになり、左手で軽くこめかみを抑え頭を振った。
この後『サーティス様~厨二病劇場~』続かないよね?