無職と残念とハリセンと
どうして、こうなってるのか……
私、川崎 奏は心の中で頭を抱えた。
机を挟んで向かいでは、黒いスーツを着崩した黒髪の若い美形男性がコーヒーを啜ってる。
うーん、コーヒー飲んでるだけなのに絵になるなぁ……
って客観的には、呑気なこと思ってる状況じゃないんだよなぁ。
確か、さっきまで自宅のベランダで洗濯物を干してたはずなのに、気が付けば、なんかオフィスの休憩スペースっぽいところにいるし。
美形男性の少し後ろでは同じくスーツを着た男性達が、忙しなく仕事をしているのが見てとれる。もちろんスーツは着崩していない。
「イヤー、うちの見習いがマジ悪かったねぇー。研修中に因果律の扱い間違っちゃって、君の頭に植木鉢落としちゃってさー」
「はぁ……」
「あー、奏ちゃん。胡散臭いとか思ってるでしょう!顔に出ているぞっ。大丈夫!俺これでも神だからさぁ」
目の前の男性は美形ではあるが、口調、雰囲気、見た目どれを取っても、とにかくお調子者感満載だ。
黙っていれば美形なのだか、なんだかとても残念な感じがする。
というか、私もう年も38だし「ちゃん」付けされるほど若くないんだけどなぁ。それより、そもそも何で私の名前知ってるんだって突っ込み入れた方がいいのかな。
「問題が俺まで上がって来た時には、君の身体、荼毘られてて、蘇生アウトだったから、わざわざ君のこと調べて、ここに呼んだって訳」
荼毘られるって表現は如何かと思うんですが……
だけど、なるほど、だから一瞬暗くなったと思ったら、この残念なお調子者の前に座っていたのか。ああ、暗くなったのが植木鉢が落ちてきた瞬間って訳か……
死ぬときって、いきなり意識ぶち切られるんだね。三途の川とか幽体離脱とかあるのかって思ってたけど、情緒もへったくれもないなぁ。
ってそれより、こいつ神だったのか……だから私の名前知ってるのか。神って言葉便利だわー。なんか全てのことは大抵それで済みそうなパワーあるよね。
ただこの神は神っぽくないなぁ。見た目大学生位だし、何か軽いし、ウェーイとかいってるの似合いそうなのに。
個人的には自宅の隣に引っ越して来たら、絶対に近づかないタイプだよ。
こいつの呼び名、残念神とウェーイ神どっちがいいかなぁ……
でも私を自宅からこの場所に転移させたみたいだし、それなりに力はあるのかな。
「えーと、つまり、私はそちらの手違いで死んだ上に、問題発覚が遅れて生き返ることも出来ないので、とりあえずここに呼ばれたという認識で大丈夫ですか?」
「奏ちゃん、飲み込み速くて助かるわー。でもさ、死んだって言う割には冷静過ぎやしないかい?」
「まあ現世に未練があれば騒ぐと思いますが、死ぬ直前に私が置かれてた状況が最悪過ぎたので、死んだところで騒ぎたてることもないなかなぁって」
そうなのだ、死ぬ直前の私は無能なパワハラ上司に嵌められ、自分の仕事の成果を横取りされた挙げ句、上司の不始末を擦り付けられて、会社を首になった直後だった。
仕事は探すにしても、とりあえず家事はしなきゃと思い、まずはした洗濯がこんな結果になるとはなぁ……
それに38才女性独身で、更に無職は不幸のコンボだと思う。どう贔屓目に見ても人生詰んでるし。
そんな状況なのに騒いだところで無駄に疲れるだけだろう。
「確かに調べた限りの奏ちゃんの状況、38才女性で上司に嵌められて会社クビじゃ、そう思うのも無理ないかー」
うぉう……客観的事実を他人に言われると凹むわぁ。
残念神から見ても最悪な状況だったんだってなぁって思うと、なんか切ない。
残念神を見れば目を瞑り、ウンウンと頷いている。
「それはそうと神様……私はどうなるんですか?」
「奏ちゃん、他人行儀ぃー。俺と奏ちゃんの仲じゃん!神様なんて呼ばないでリグレットって呼んでよー。なんなら略してリグでもいいよぅ」
こいつ距離なしだ、しかも胡散臭い感じの距離なし。加えて人の話の腰を折るタイプ……薄々感じてたけど、苦手なタイプだ。
「はぁ……じゃあリグレット様と呼びますね。で話を戻しますが、私の今後は?」
「うーん、まだ硬いけど仕方ないかっ、俺神だし。あー、奏ちゃんの今後ねぇ……」
そこまで言うと残念神ことリグレット様の言葉が途切れる。
あー無駄に溜めなんか入れて、もったいぶりやがって。このパターンなら、異世界転生か転移の二択以外ないだろう!
私は昔マンガやラノベが好きな所謂オタクだったから、その辺の知識に抜かりはない。
あー、38才女性独身無職、しかも元オタクってどう見ても四重苦だわー、三重苦の偉人さんもビックリだ。
少しだけ私の思考が脇に逸れていると、リグレット様が話を再開する。
「上手く説明できないかもしれないから、最初に謝っておくね、ごめんね。で、奏ちゃんの今後なんだけど、幾つか選択肢があるんだよ。一つが奏ちゃんのいた世界以外に転生、もう一つが転移」
選べるんかい……ちょっとレアパターンだぞ。でも皆無ってほどじゃないかな。
「それとここで働くか、あとは僕のお嫁さんになるって選択肢もあるね」
うわ、出たチャラ男発言。私の周りに、こんなこと言う輩はいなかったなぁ……今までの人生振り返りながら、ついつい生温かい目で見てしまう。
「奏ちゃんー?」
リグレット様には私の無言が長かったようで、私に呼び掛けてきた。
「あ、すみません……まさか選択肢があるとは思わなくて、少し考えてました」
「あー、通常はないんだけどねー。今回は完全にこっちが悪いからさ。出来る限り奏ちゃんの希望は叶えようっていうのが、こっちの方針なんだよ」
ほう……残念神でも一応神を名乗るだけあるなぁ。慈悲深い、少し見直した。
「俺的にはお嫁さん一択でいいじゃんって思うんだけど、なんか他の神たちがさぁ……」
前言撤回。
リグレット様はどこまでも残念でウェーイだ。そして他の神様グッジョブ!
とりあえず選択肢の整理してみよう。
私には今4つの選択肢がある。最後の残念神の嫁は論外だから、実質選択肢は3つだ。
1、異世界転生
2、異世界転移
3、この神様の世界っぽいところで働く
個人的に3は遠慮したい。
この休憩スペースの設備やリグレット様の後方で働く神様を見た感じ、ブラックじゃなさそうだし、今回選択肢を示してくれたことから考えても、リグレット様以外は常識もありそうだけど、この残念神の存在がマイナス要素すぎる。
残るのは1と2だけど、今選ぶにはあまりに情報が少な過ぎ。
「どれを選ぶか決めるに当たって、いくつか伺いたいことがあります」
「ん、何かな?俺の身長は180㎝、体重は内緒。好きな食べ物は甘いものとブラックコーヒー、趣味は……」
誰もお前のプロフィールを話せとか言ってねー。上手く説明出来ないとかっていうレベルの話じゃないぞ、これ。
「リグレット、奏さんが困ってるじゃないですか」
そんな言葉と共に、男性がリグレット様の背後にいきなり出現した。
かと思ったら、手に握ったハリセンで、スパーンとリグレット様の頭を物凄いスピードで叩く。
うーん、とてもいい音。そして胸のすく思いだ。
「痛ってー、なんだよ、サーティス!」
リグレット様は叩かれた所を押さえながら、背後の男性へ振り返った。
リグレット様を叩いた男性はサーティスさんと言うらしい。黒いスーツを着崩しているリグレット様とは対称的に、サーティスさんは白いスーツをエレガントに着こなしている。
見た目年齢はリグレット様と同じ位、容姿もリグレット様と同じ位整っているが、サーティスさんの方が落ち着いている印象だ。
しかし金髪碧眼のファンタジー作品なら天使と表現されるような容姿してるのに、手に持ってるのハリセンとは……
この人も神様なのかなぁ、じゃあサーティス様とお呼びした方がいいのかな。
もし神様じゃなかったとしても、リグレット様に『様』付けしてるのに、リグレット様より頼りになりそうなこの人に『さん』付けはないな。うん、様付け決定。
「奏さん、うちのバ神が迷惑かけてすみませんでした。それとご挨拶がまだでしたね。私、こういう者です」
サーティス様が手に持っていたハリセンを虚空に消し、綺麗な所作でリグレット様の横に座る。
そして私にスッと名刺を差し出した。
『世界創造社エルガルド支部第一事業部部長サーティス=ファクシュ』
と、そこには記載されていた。
とりあえずツッコミどころ満載だ。
いやこの場所ってマジもんの会社なの?世界創造社って、なんかマルチ商法とかで出てきそうな社名だし!
エルガルド支部って何よ?支部ってことは別の支部もあるのか……
多分エルガルドがサーティス様たちがいる世界のことだと予想は付くけど、第一事業部って何するの?
あーあと、リグレット様のバ神呼びはその通りだと思う。
「フフッ、短期間に様々な出来事が振り掛かって、大変だったでしょう」
心の中でひとしきり思いの丈を叫んでいると、穏やかな笑みを湛えたサーティス様が私に話かけてくる。
あーさっきまで、いまいち話の通じないリグレット様と話していたせいか、ちょっとした労いの言葉がジンワリ心に染みるなぁ……
「ここからは、このバ神ではなくて私が説明しますね。それでリグレットはあなたにどこまで説明を?」
おおぅ、そうだった名刺の衝撃が大き過ぎて、私の今後への疑問をすっかり忘れてたよ。
「リグレット様の説明としては私の今後に関して、異世界転移、転生、それとここで働くという3つ選択肢があるという所までです。
その後、それに関して私がいくつか質問したいと言ったところで話が止まっていますね」
「奏ちゃん!俺のお嫁さんになるっていう選択肢が抜けてるー」
スパーン、サーティス様が再びハリセンを取り出し、無言でリグレット様の頭を叩く。
「分かりました、奏さん。ではその質問を伺ってから、それに沿って私が説明しましょう」
「ありがとうございます。では早速なんですが、まず、どんな場所にどのような状態で転生や転移することになるのかを教えて下さい」
「はぁ、このバ神はそれすら説明してなかったのか……」
「はい、それを聞こうとしたら、リグレット様がプロフィールを語りはじめて……」
リグレット様を見れば、叩かれどころが悪かったのだろう、白目を剥きヨダレを垂らし、首をあり得ない方向へ向けて気絶していた。
あー神様でも気絶するんだ……しかも色々と酷い。美形もああなると形なしだなぁ。
それにしても一撃であんな状態になるなんて、あのハリセンって何か魔法的な効果でもついてるのかな。
「そうでしたか……では転生と転移について、説明いたしましょう」
はぁ、これでやっと先に進めそうだ。
誤字脱字含め、ちょくちょく手直しするかもしれません。