塾の話。
先生と呼ばれる立場になって早3年。先生業も板についてきた。
かわいい生徒は私を先生と呼ぶ。まだ少しくすぐったいけど、先生と呼ばれると自信が湧いてくる気がした。
でもある1人だけ私を先生と呼ばない奴がいた。この憎たらしいほどに背の高い男である。
「アキ、課題やったけどどこに出せばいーの」
「高杉くん、私のことは『先生』と呼ぼうね」
「いいじゃん、どうせ先生なんて柄じゃないんだし」
飄々と答えるこの男は、高杉ヒロト。私、中谷アキの塾生である。
この男がこの個別塾に通うようになって早1ヶ月。初めて会ったときから呼び捨ての失礼極まりない男。
成績がいいためこんな普通の塾じゃなくても、と思ったが、(親御さんが)お金は払ってくれるので断る理由はない。
ちゃらちゃらした見た目とは裏腹に、大学のためにしっかり勉強できる真面目な奴ではあるのだ。
「そういえばこの前の模試の点数良かったじゃない!」
「んなの当たり前だっつの」
心底どうでもいいという風に返され、私はカチンと固まった。せっかく褒めてるのに!お世辞でもいいから喜んどけよ!
褒め損した、と思っていると高杉くんはぼそりと呟いた。
「アキってA大出身なんだろ?」
「そうだけど?」
私の出身大学が何?という意味も込めて答えたが、返事は反ってこなかった。
変な生徒だなあと思っていたが、勉強はがんばっているようだったし何も言わないでおいた。
*****
俺は高杉ヒロト。この塾に通う高校3年生。
この塾に入ると決めたきっかけは、高校2年生のとき、街中で見かけたキレイなお姉さんがこの塾に入っていくのが見えたから。
もともとあまり頭の良くなかった俺はまず高校のテストをがんばった。
そして大学に行くんだと両親を説得し、この塾を選んだ。学校で勉強をがんばったこともあり、両親はしぶしぶながら入塾を許してくれた。
塾に入って早1ヶ月。アキに特別な生徒だと思ってほしくて、下の名前を呼び捨てにしたり、わざと風邪を引いてマスクをしていったりしたが、そのうち塾では勉強ができない生徒はカッコ悪いという事実に気づく。
嫌いな勉強をがんばり、模試で良い点を取った。嬉しかったし、何よりアキに褒めてもらえたのが何より嬉しくて心のなかではテンション爆上げだった。
しかしそのとき彼女の出身大学をふと思いだし一時のぬか喜びは消えた。
まだまだ、もっと近づけるように頑張らなくては。
山もオチもない話。
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