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異界遊々録  作者: 光丸
7/7

1-7. オメガでアルファ


  □◆□


「ブックマンッ!!! 次元と共に消滅してしまえ!」

 魔神のなかに内在する強大にして無尽蔵の破壊衝動の一端が真紅の光弾となる。

 ブラグマ、ロンドミリオン。更にはその先へと続く数多の次元へどれだけの被害が及ぶか想像もつかない。

「この次元を、そして数ある次元の平穏を護ることこそガルディオンの役目。

 魔神よ。私の力で再び眠りに着くが良い」

 蒼き輝きを掌に集めたブックマンは迫りくる真紅の光弾へと向かって大地を踏み抜き跳ぶ。

 ──六封環術式、終刻印!!

 触れ、その印を刻んだあらゆるものを本へと綴じる。

 六冊全ての解魔聖典を同時に扱えるブックマンのみが可能な、対なる術が存在しない『絶対なる術式(アルテマブードゥー)』を光弾、そしてその奥に浮かぶ魔神へと向ける。

「終わりだ。くたばれブックマ──っめ……」

 魔神の嘲笑うかのような声が突然途切れ、それと入れ替わるかのように内気な女性の表情が顔に出る。

「ダメエエェェェ────っっ!!!」

「むっ!?」

 ルフサの感情まかせの大きな叫び声が、飛び出したブックマンの前に見えない壁を作り出すかのように足を止めさせる。

 強大な破壊衝動によって生まれた真紅の霧と血、そして光弾の全てがその声に打ち払われる。

 黒煙にまかれた曇天の見えるロンドミリオンの空へ真紅の魔回導は塵となり溶けて消える。

「はぁ──────よかった……」

 次元を危機に陥れる全ての要因が消えたことにルフサは薄い笑みと小さな呟きをこぼすと安堵の息と共にすっと目を閉じる。

 自分が浮いていることも忘れ意識は闇の中へと落ちていく。

「っとお……死んでる? いや、寝てる」

 微動だにせず声一つ上げないまま落ちてくるルフサをブックマンは慌てて受け止めた。さっけまで魔神の証明である赫然とした双眸を輝かし次元を破壊しようとしたその魔神の面影が、穏やかな寝息をたてている今の彼女には欠片もない。


「ボス。終わったみたいだな」

 まるで柵を飛び越えるようにビルを一つ飛び越えてジェットがブックマンの元へと駆け寄りあたりを見渡す。気が付けばブックマンに寄りそうようにオルも隣に立っている。

 真紅の霧が晴れ、そこから現れたロンドミリオンは道路を埋め尽くさんばかりの臓物や千切られた四肢。

 しかし住人達は気にすることなくまた普段通りの生活へと戻っていく。

 次元が滅ぶかどうかの戦いがあった痕跡は、カオスの擬街化であるロンドミリオンの混沌にすぐさま呑まれて消える。

「魔神は無事に封印したの──って、その女!?」

 ブックマンの腕に抱かれたまま穏やかな寝息を立てている銀髪の女性にジェットは両手をあげ大袈裟に驚いてみせた。

 間違いなくさっきまで魔神としてこのロンドミリオンを消滅させようとした女だ。

「大丈夫。彼女は今、寝てるから」

「寝てるからって、ボス! そいつは魔神だぜ! さっさと本に封印しちまえよ」

「ボス、私もジェット(バカ)の意見に賛成です」

「オルにジェット。とりあえず彼女の処遇はガルディオン本部に戻ってからにしよう。色々と調べたいことがあるから」

 二人の言葉に対して口から出たブックマンの声は柔和なものだが、今すぐに封印する意思はまるでないと副音声で語っていた。

「ったく呑気に寝やがりやがって」

 寝ているルフサのオデコをジェットは苛立った声でピンと弾くが、穏やかな寝息はまるで乱れることなく一定のリズムで呼吸を繰り返している。


  □□□


「えっと……」

 ──よくもまあ、私を閉じ込めてくれたものだな。

 一条の明かりすらない深層意識のなかで真紅の瞳を持った魔神、イーロッドは檻のなかでルフサの姿を借りたまま胡坐をかいて溜息交じりの声を吐き出す。

 状況がまるでわからないルフサは狼狽した顔で辺りを見渡すが何の起伏もない、ただ殺風景な暗闇が広がっているだけの光景だ。

「な、なんで檻に入ってるんですか?」

 ──貴様が私を閉じ込めたんだろう。この深層意識のなかに

「……ってことは体を取り戻せたってことですか?」

 ──それはどうかな

 歪な笑みを浮かべたイーロッドは含みのある言葉を呟く。

 ──そんなことよりもさっさと目を覚ましたらどうだ。

 封じられてる私では貴様の体を起こすことは出来ないのだから

「私、寝てるんですか?」

 ──そうだ。さっさと起きろ。この下等種族っ!!


「ひゃっ──!!」

 怒鳴るようなイーロッドの声にルフサは目を覚ました。

 その視界に移った光景は黒煙が絶えず流れ、混沌をそのまま形にしたかのようなロンドミリオンの街並みではない。

 亀裂の目立つ古びたビルに挟まれた薄汚れた路地裏に、今にも雪が降りだしそうな灰色の空。室外機の響く音。

 紛れもなくそこはルフサの元いた世界だ。

「あれ?」

 さっきまで魔神に閉じ込められ次元の存続を賭けた闘いの渦中にいたはず……だが、目の前の光景は何一つ変わらない日常だ。

 背中からコート越しに伝わってくる冷たいコンクリートの感触から離れるようにゆっくりと体を起こす。

「夢……だったのかな?」

 一度だけ左右を見渡してから深呼吸したルフサはおもむろに呟いた。

 ロンドミリオンが見せた世界はルフサからしてみればあまりに非日常であり、夢と考えれば全てに合点がいく。

「なわけないだろ──えっ!?」

 自分の意思に関係なくルフサの口が言葉を吐く。声こそルフサだが、喋り方はまるで別人のものだ。まるでもう一人の自分がいるように……

「もしかして……イーロッドさん? そうだよ。口を動かすことくらいしかできないがな」

 傍から見ればルフサが独り言をしているようにしか見えない。しかし、ルフサのなかには確実に魔神がいて、それが言葉を出している。

「ゆゆ、夢じゃなかったんですか!?」

「夢なわけあるか。貴様の視力を回復させ、破けた服を元に戻してやったのは私だ」

「そう言えば……」

 不意に目元に触れるがそこには普段つけなれた牛乳瓶の底のように厚いレンズの眼鏡がない。にもかかわらず視界がいつも以上に鮮明に見えた。

「め、眼鏡なくても見えますね!」

「当然だ。貴様の細胞に刻んだ魔回導がいまだ動いているからな。私としては間抜けな宿主に突然死なれては困るからな」

「わ、私そんなに間抜けじゃありませ──あっ!」

 天から狭い路地裏すっと舞い降りた白い粒。

 反射的にルフサがそれに手を伸ばすと、掌ですっと消えた。

「雪だ……」

 空から舞い降りる雪がときおりその白い肌に触れる。無機質な冷たさをじわりと味わうとルフサはやっと元の世界に戻ってこれたこと実感できた。

 ──元の世界に戻れたのにお礼言ってないや。

「あんな奴ら礼なんて必要ない」

 ルフサの思ったことに対してイーロッドの不機嫌そうな言葉が口を突いて出る。

 自分の意思に関係なく動く口に覚えた違和感も次第に薄くなっていく。

 次元を喰らう魔神と言う巨大な化け物こそその身に抱えているがルフサは再びこの世界へ戻ってきた。

 雪の降りが僅かに激しくなり灰色の空を白い粒が染める。

 静寂に包まれた町に音もなく降る雪がルフサの目に映った。

 白い息を抜けて肌に触れる冷たい雪に一つ身を震わせると路地裏を足早に駆ける。

 鈍色のコンクリートに僅かに積もった雪がその駆けていく脚跡を残すが、それも時間と共に雪で上書きされていく。


  ◆△◇


「本当にあのまま帰しちゃってよかったんですか?」

 実に優雅にそして美味しそうに日課のプリンを食べているブックマンにオルが顔を近づける。

 魔神を内に秘めた女性を何の処置もせずにそのまま元の次元へと帰したブックマンの判断にオルの表情は不安とも呆れとも判別し難いじつに困惑したものだ。

 ブックマンの一存で逆らうことは出来ないが、納得はしていない顔つきだ。

「とは言ってもあれだけ彼女の精神と一体に融合してしまった魔神を切り離すことは我々にはできなかったからな。うまい」

 喋り終わりに一掬いしたプリンを食べたブックマンは感嘆にも近い静かな声を漏らした。

「彼女ごと魔神を封印しちゃえばよかったんじゃないですか?」

「私としては……はむ……無駄に力を誇示するような行為はしたくないからね……はむ」

 話しながらプリンを食べるブックマンを前にオルは大きく息を吐く。

「それに面白い存在だと思わないか」

「なにがですか?」

「口幅ったいが仮にも『絶対なる術式(アルテマブードゥー)』と呼ばれる私の封印術を難なく(ほど)いてみせ、更には魔神をもその身に宿し尚自我を奪われることなく、それどころか魔神をも抑えつけてしまう意思を持った女性」

 魔神を宿した女性は見た目こそ精彩がなく、凡庸と言う単語をそのまま擬人化したかのような存在だ。

 しかし次元すらも喰らう魔神を自らの意思で抑えつけ、更には対滅術式が存在しない『絶対の呪式(アルテマブードゥー)』の一つであるブックマンの封印式を詠み解いた女性だ。

 異質なことは語るまでもない。

「確かに面白い存在ね」

 ブックマンに言われてオルの脳内に、あの嗜虐心を煽るかのようにいつも何かに怯えたような表情ばかりしている女性を思い出す。

 元の世界に戻ったであろう彼女が今、一体どんな顔をしているだろうか。

「あれほど面白い存在を運命の神が見逃す事ないだろうし、再びここで会える気がするよ。この全ての次元の集約点でありあらゆる混沌が集うロンドミリオンと言う舞台でね」

 ブックマンは一つ微笑むとプリンを再び食べる。

 憶測であり、予感であり、確信である言葉から出た呟きにオルも小さく頷いた。


  ■■■■


「ね、すっごくへんな夢を見たの!」とアリスはおねえさんに言って、あなたがこれまで読んできた、この不思議な冒険を、おもいだせるかぎり話してあげたのでした。そしてアリスの話がおわると、おねえさんはアリスにキスして言いました。

「それはとってもふうがわりな夢だったわねえ、ええ。でもそろそろ走ってお茶にいってらっしゃい。もう時間もおそいし」

 そこでアリスは立ちあがってかけだし、走りながらも、なんてすてきな夢だったんだろう、と心から思うのでした。


        ── Alice's Adventures in Wonderland ──

ルイス・キャロル著 

山形浩生 翻訳


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