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異界遊々録  作者: 光丸
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1-6. 魔神と凡人


  ◆□◆


「うおっ!?」

 あらゆる概念を解く蒼き衝撃と全てを破壊へと導く赤き衝動。二つが深紅の濃霧に覆われた世界を閃光となって貫く。

 だいぶ離れたはずのジェットやオルも、まるで今、目の前で戦いが行われているかのように巨大な衝撃がブラグマ内を駆け巡る。

 街を埋め尽くさんばかりに生み出された大量の人形は、駆け巡る蒼き波動が一つ貫けば彼らを構成していた魔回導が(ほど)かれ元の血となり大地へ還り、壊たる赤き衝撃に触れた人形は魔回導を、更には分子の一つまで破壊され塵芥となって消滅する。

「ボスが戦う姿をこの目で見るチャンスだったんだけど、確かにこりゃ近寄れねえな」

「確かにね。

 悔しいけど私達がいたらそれこそ足手纏いね」

 ──次元を喰らう魔神と、神すらも封印できる聖骸の力を持った術士の戦い。

 この二つの正面衝突に割って入れる存在がこの次元の集約点であるロンドミリオンに一体どれだけいるだろうか。

「まあ私達には私達の仕事があるでしょ」

「そうだな。よっと」

 蒼と赤の波動から逃れ生き残った人形を見つけるなりジェットは屋根を一つ踏み抜き飛び上がる。

 空中で体を捻り勢いに任せて踵落としの容量で人形を頭から二つに割ってみせた。

「ボスがさっさと魔神を封印してこの結界を解くまでのあいだ私達がすることは──」

 踊るようにオルがその手で触れると人形達が次元の彼方へと飛ばされ忽然と姿を消す。

「お掃除ってところかしら」

「だな。ちっくしょう! 魔神って奴を倒して一躍人気者になるチャンスだったんだけどなあ!」

「じゃあ今から倒しに行って来れば? 場所は嫌でもわかるし」

 蒼き波動と赤き衝撃の激突が図らずとも、強大な二つの力の位置を結界内のありとあらゆる者に知らせる。

 戦いの中心地は、濃霧を貫く蒼き波動と赤い閃光が混じり渦状となり何人たりとも寄せ付けない世界が形成されている。

 結界内に生まれた更なる結界だ。

「……ありゃ近づくの無理だわ」

 諦観ともとれる力のない声でため息交じりにジェットはこぼした。

「あんただったら不死だしあれくらいの衝撃なら木っ端微塵になるだけで死なないんじゃないの?」

「わかってて言ってるだろ。

 あんな術式の集合体が生み出した渦なんかに揉まれて見ろ。次元衝撃なんて比じゃねえ、それこそ存在概念から生きてた痕跡の一つも残されずに抹消されかねねぞ!」


  ◆◇◆


 真紅の濃霧に決して溶け込まない輝きを放つ赫然の双眸を躍らせてルフサが白い歯を見せて大きく笑う。

 八重歯を覗かせた勝気な笑みは無邪気な子供のようにも見える。

 目の前には蒼き輝きに包まれた六つの本を使役する男がいる。

 ──待っていた!

 本に封印され幾星霜。その顔をひしゃげさすことだけを目的にイーロッドは今日、現在、この刹那まで時間を過ごしてきた。

 際限なく掌からこぼれる血と真紅の濃霧、そして尽きるこのない無尽蔵の殺意が混ざり合い千の刃と千の槌、千の槍を作り出す。それら全てが十全たる力を纏いて、頭蓋の男を標的として濃霧に穴を穿ち射出される。

「天源同字」

 蒼い輝きと同時に再び開かれた六つの本から文字が吐き出され大気に踊る。浮かぶ文字達はまるでブックマン包みこむように囲む。

 飛来する武器は文字に触れた先から形を保てないかのように崩れ、本を操る男の周りに巨大な血だまりとなって地を濡らす。一本と残らず飛来した武器が全て血となり崩れると頭蓋は目のない目で宙に浮かぶ女性を見た。

 赤い濃霧に包まれ、破壊のためだけに用いられる赤の魔回導を使役し次元を喰いものとする魔神が操る女性の体。

「あらゆる術を(ほど)き、還す蒼の魔回導。クソみたいな術だ」

「あらゆるものを破壊する赤の魔回導。鬱陶しい術だ」

 同時に声がこぼれるとお互いに笑みの色が濃くなる。

「全く、相手をしていて嫌になる。

 どれだけ複雑な魔回導を組んで術を放ったところでこちらの苦労を嘲笑うかのように全て消されるのだから」

 ヨクトの単位ですら大きすぎる。人智では干渉することどころか認知するできない極小の魔回導による組成。その記号を扱ったて放つ術はまさに世界の創造と同等の手間だ。

「私も同じだ。

 そちらの一つの術を凌ぐために私の解魔聖典、六冊全てを開かなければならないのだから」

 ブックマンが操る六冊全てにそれぞれにありとあらゆる術式を解く力が文字で秘められている。

 そしてそれ一冊でこのロンドミリオンに日常化しているあらゆる魔回導を(ほど)き還すことができる。

 その解魔聖典を六冊全て同時に開くなどブックマンの幾億にも及ぶ記憶の中ではおよそ片手で数えるほどの記憶しかない。

「だがな、私の術を無に還しているだけではいずれこのロンドミリオンは私の次元(ブラグマ)に喰われるぞ。

 さあ! 時間はないぞ。七冊目を出すがいい!!」

「ご要望とあらば応えよう」

 ──六封環術式、終之書

 ブックマンの放つ蒼き輝きが再び真紅の濃霧を貫く。 

 開かれた六つの本から一つと残さず全ての文字が抜き出され、更には続くように紙片が躍り出て空を舞う。

 ありとあらゆる理を解き無へ還す文字に囲まれ舞う紙片は渦となり、ブックマンの手元にある一冊の本へと集まる。

 六つの本、その全ての頁がその一冊の本へと収められると白紙に文字が流れ込みパタリと音を立てて本は閉じる。

 最後に表紙に魔回導が刻まれる。

 これまでの六つの本が纏った燦然と輝く蒼い光と違い、眼を凝らさなければ見えないほど薄い輝きを纏った本。

「聖骸の力によって創り出された貴様のその本を完膚なきまでに叩き潰しす日を私は今日まで何度思い描いたことか」

 背表紙から何からイーロッドにとっては忘れられない本だ。

 幾万年も昔の大戦で、ブックマンの繰り出す術式によって封印された。その最後の記憶があの本を開き刻印を魔神の体に刻まれたときだ。

 忘れることなどできようはずがない。そして復讐を果たすことのできる今こそが幾星霜と待ちわびた瞬間であり、垂涎の場なのだ。

 濃霧が再びルフサの体を覆うように集中していく。

「ギタリナグア道術の秘をもって貴様を全ての次元から消滅させてやる!」

 深紅の霧にルフサの体を通じて赤の魔回導が伝播していく。

 次元に漂う霧が全てルフサの体へと集中していく。肌に浮かぶ魔回導は既に生身の人間が耐えられるものを遥かに超えている。

 魔神の知識と術の併用によって細胞単位で強化されたルフサの姿はただの漂着者などではない。紛れもなく次元を喰らう魔神の依り代であり、彼女の意識ごと封印することにブックマンは躊躇いなど微塵もない。

 ──恨むなら好きに恨んでくれ。

 ブックマンは心の中で一つ祈りを捧げる。無垢で何もしらないにも拘らず封印される罪無き女性へ捧げた言葉だ。

「再び本の中へと還そう。

 六封環術式、終刻印」

 分厚い本が開くと同時にブックマンの右腕に文字が集中していく。

 判子の印面の如くブックマンの掌に集中した蒼き輝きは模様となり文字となり、魔回導となる。

「あのとき同様、貴様に此の印を刻んで終わりにしよう」

「次元ごと吹き飛べ、ブックマンッ!!」

 濃霧は圧縮され魔神の依り代となったルフサの頭上で巨大な弾となる。

 破壊こそ全ての赤の魔回導が凝縮された弾だ。

 魔神、イーロッドが生み出した侵食型次元ブラグマは言うに及ばず、その外にある巨大なミリオンロンドすら吹き飛ばせるほどの強大なエネルギー塊。イーロッドは紛れもなく次元を吹き飛ばすつもりだ。

「この体を維持しながらではこの程度が精一杯だが、貴様を次元ごと消滅させるには十分だ。

 何もかも呑み込め! ギタリナグア道術、ゲオトニカァ!!!!!」

 赤の魔回導によって生み出された破壊衝動の塊がイーロッドの声と共に天から降る。それはまるで太陽が落ちてきたかのように壮大な光景だ。

 深紅の濃霧すらも溶けるほどの強大な赤。

 魔神の持つ純然たる破壊衝動と人智を遥かに超えた緻密な魔回導の組成術によって創り出された光弾。


「ちょちょちょ、ちょっと──ちょっと待ってよ!?」

「なんだ?」

 何一つ明かりのない深淵に向かってルフサが慌てた声で叫ぶとイーロッドが姿を見せる。

 怒りと焦りと動揺と、様々な感情がルフサのなかで渦になっていて言葉が出てこない。

「今、良いところなんだ。

 幾星霜の因縁に次元ごと決着をつけるのだから、何の用もなく私を貴様の意識に呼び出すな」

「まま、待って!!」

「むっ!」

 深淵の闇に溶けていきそうなイーロッドの背に向けてルフサが叫ぶと同時に壁が行く道を塞ぐ。

 イーロッドは目の前に突然現れた壁をまじまじと見た。

 天井知らずの先の見えない巨大な壁は一度や二度叩いたところで壊せないだろう。厚く、そしてどこまでも無機質にして頑丈な壁を前にイーロッドは強気な笑みが一層濃くなる。

「夢想現術か。

 よほど強い意志が働いてるな。幾ら深窓意識の空間とは言え、何の準備もなくこれほどの壁を瞬時に造り出すなんて」

 壁を見上げたイーロッドは真紅の双眸を輝かせながら腕を組むと感心するかのような声をこぼす。

 深層意識の中だ。

 主人格であるルフサが望めばありとあらゆるものを創り出すことができるある意味では夢のような空間だ。ただし、そこで何かを創り出す力は本能以上の強い意志が必要になる。そして彼女は今、去ろうとしたイーロッドを止めるためにこの巨大な壁を現出させた。

 彼女は今、この意識のなかでは神にも匹敵する力を持っていることになる。

「そ、そんな壁なんてどうでもいいですよ! そそそ、それよりも──」

 様々な感情のもとで呂律もうまく回らないルフサは必至に言葉を続ける。

 理屈はわからないがどういうわけかイーロッドは壁に阻まれ消えることが出来ない。それならば今が問いかけるチャンスだ。

「次元ごと壊すって言ってましたけど、うう、嘘ですよね! だだ、だってそんな事したら、ももも元の世界にも帰れないじゃないですか!!」

 今にも泣きだしそうにその目尻に僅かな涙が浮かんでいる。狼狽するルフサの高い声をよそにイーロッドはふんと鼻を鳴らして勝気な笑みを浮かべた。

 それはまるで狼狽しているルフサを嘲笑するかのような笑みだ。

「本気だ。わかるか。どれだけの時間の恨みがあの男、ブックマンにあるか。それを貴様のように短命な種族に語ったところで理解できまい」

 イーロッドは本気だ。

 破壊衝動の塊であるゲオトニカを放つとも共にこの次元、そして外の次元をも巻き込んで大規模の次元崩壊を起こすつもりだ。

 真紅の双眸のなかで歯車の回転が更に勢いを増す。

「積年の恨みを晴らすこの絶好の機会! 邪魔をするというなら貴様の深層意識を破壊してでも私は出ていくぞ。

 こちらが穏便にしているうちにこの壁をどけろ」

 瞳と同色の輝きが薄いベールのようにイーロッドの体を包む。

 赤の魔回導であり、増していく迫力から決して冗談で語っていないことがルフサにもわかる。

 ──だけど──

「そそ、それでも、元の世界に戻れなくちゃ困るんです!」

 例え大して思い入れのない世界だとしても自分が住んでいた次元は間違いなくあそこだ。

 両親だっていれば、数少ないが友人もいる。

 その元居た世界へと戻れないと言われて素直に頷けるほどルフサは割り切りが良くない。

 むしろパニックになった頭ではとにかく元の世界に戻ることだけが彼女の頭を占めている。

 たとえ目の前で凄んでいるのが次元を喰らう魔神だとしても引き下がれない。

「そろそろ私に行かせてくれないか。

 さもなければ本気で君が支配するこの深層意識を破壊しなければならない。

 リードマンである君をなるべくなら無事な形にしておきたいが、この恐悦至極の瞬間を邪魔するならば容赦はしない」

 ベールのように纏った薄い光が強くなり、覆われたイーロッドの姿が赤い輝きに包まれる。

 破壊衝動を象徴とした赤の魔回導が光と共に空間へと網のように行きわたっていく。

「なあに。もしも、貴様が次元に戻れなくても私が貴様の望む世界を創りだしてやろう。

 貴様が創られた世界と気が付かないほど精緻なものでありながら、貴様にとって不都合なことは何も起きない理想郷を。悪くない話だろ」

 赤の輝きの奥で真紅の双眸を輝かせてイーロッドが笑う。

 ──そうじゃないっ!!

「さて私はそろそろあちらで憎きブックマンが次元と共に消滅する様を見届けならなければ──」

 赤の輝きが光を増し、空間に行き渡った魔回導にその光が伝播していく。

 真紅の輝きに覆われた深層意識は次第にイーロッドのモノとなるかのように行く道を阻んでいた壁が上から塵となり崩れていく。

「──────────っ!!」

 言葉も吐けなくなるような激痛がルフサの頭の更に奥を襲う。

 脳の奥から神経を焼かれるような経験したことのない痛みに目尻に浮かべた涙がこぼれる。

「あまり無理をせずにさっさと私をここから出さないと廃人になってしまうぞ。

 精神を破壊される痛みは貴様にはさぞかし耐え難いものだろうな」

 脳に棒を突っ込まれぐちゃぐちゃにかき回されるかのような痛みを味わうルフサにはイーロッドの声など聞こえない。

 ただ──

 こぼれる涎を抑えるように思いっきり下唇を噛んだルフサはこれまでに見せたことのない鋭い目つきで顔を上げる。

「壁が──」

 塵となって崩れ消えるはずの壁が再び復活すると同時に二枚、三枚と、イーロッドを囲むように壁が増えていく。

 深層意識を隈なく這った赤の魔回導を強引に引き千切る。

「馬鹿な!?」

 次元を喰らう魔神と呼ばれ、ありとあらゆる次元に恐れられたイーロッドの精緻を極めた赤の魔回導が、その蜘蛛の巣のように張り巡らされた魔回導がたった一人の意思によって強引に断ち切られる。

 魔神ですら支配することのできないたった一つの意思が深層意思を満たす。


 ──絶対に────元の世界に帰りますっ!!



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