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異界遊々録  作者: 光丸
4/7

1-4. 結界にて

  ◇◆◇


「……よっ」

「うぉっ!? いきなりこんな高いところに出すんじゃねえよっ!」

 さっきまで室内にいたはずのジェットの眼下に広がるのは、ロンドミリオンの光景だ。

 慌てて目の前の見えた建物に手を伸ばししがみつくと、隣で風を浴びて青い髪を揺らしながら街を見てるオルを睨みつける。

「もっと安全なところに出しやがれ」

「うーん……」

 ジェットの怒声など耳に入っていないかのようにオルは腕を組んだまま難しい表情を作り唸る。

 本来ならば眼下に広がるのはロンドミリオンの街並み……のはずだが、その光景は決して見慣れた世界ではない。

 街の一角をドーム状に包む赤い霧を突き抜けるようにして阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてくる。

「たたた、助けてくれーっ!!」

「ヒャアアァァァ────────────っっ!!」

 霧の向こうから聞こえてくる悲鳴混じりの救いを求める声が次々と消えていく。

 何かが赤い霧のなかで蠢いている。それだけはわかるが、霧越しにその正体を掴むことができない。

 霧は確実にその範囲を広げロンドミリオンの浸食を続けて、街に住む者たちの意思に関係なく霧のなかへと呑み込んでいく。

「こりゃすげえ光景だな」

 魔回導が日常のものとして用いられ、ありとあらゆる種の結界が張り巡らされているこのロンドミリオンと言う混沌の街を問答無用に包み込む圧倒的な力が赤い霧に満ち満ちている。

 上司であるブックマンが言っていた神と言う言葉がふと二人の頭に過ぎる。

「……今、街は前例の未曾有の危機に襲われている!」

「な、なに!?」

 ふとなにかに気が付いたかのようにジェットが大きな声で叫ぶ。

「いや。このピンチから街を救ったらひょっとして俺って英雄になれるんじゃないのかなぁ~、って」

「あんたにとっては女の子を口説きときの良い自慢話になるんじゃないの? 神を倒したって」

 クラブやパブで惚れた相手を軽口で口説くジェットの姿がオルにはありありと浮かんでくる。

「よっしゃ! 俺様が神なんてやっつけてやるよ!」

「あっ! ちょっと! 罠かも──」

 オルの制止の言葉など聞かずにジェットはそのまましがみついていた鉄塔を手を離すと赤い霧に向かって一気に落下する。

 その先には広がった赤い霧にジェットの姿は呑まれる。

「はあ……まあ、あいつはどうせ死なないしいっか。そんなことよりも……私も行かないと駄目か。逃がしたの私の責任だし」

 ここで行かなければ仮に神を倒して帰ってきたジェットが一体どれだけ横柄な態度をとるかわかったものではない。

 そうなればオルは額に血管が浮かぶほどの怒りを覚える。我慢もできないかもしれない。

「それにあいつが偉そうな顔をするのは腹立つしね」

 長い脚を包むパンツのポケットに手を突っ込んだまま呟くように言葉をこぼして塔の天辺からすっと足を踏み外す。


 呪詛とも魔回導とも区別のつかない悪寒だけが纏わりつく赤い霧の世界。

 腐臭と悲鳴に満たされたこの空間は既に二人の知るロンドミリオンの姿をしていない。

「ようこそ」

 入ってきたオルとジェットを待っていたのは銀髪を太い三つ編みにして腰まで伸ばした女性だ。

 この異形蠢くロンドミリオンにおいて、目の前の女性の姿はあまりに凡庸。

 大通りを歩けば誰一人振り向くことのない凡庸的で何の特徴もない服装と出で立ちだが、今、そんな何の特徴もない女性から二人は目を離せない。

 赫然とした双眸。その瞳の奥に不気味に輝く深紅の歯車。

 人智が科学で測定できる限界を遥かに下回る単位。素粒子を超えた超極小の魔回導がパズルのように狂いなく噛み合い形成された歯車が瞳のなかでそれが不気味に回る。

「いきなりお出迎えたあ、話しが早くて助かるぜ」

 ジェットはおもむろに腕を大きく回してみせた。

 目的は一つ。今、この街に新たな混沌を生み、このロンドミリオンの均衡を脅かす原因である魔神。そしてその依り代となった女性。それらの拿捕。ないしは抹消だ。

「こんなところでトロトロやってるところを見ると、本当に魔神の力出せないみたいね。元の人格は殺したの?」

「殺せれば苦労ないな」

 オルの問いかけに対して女性はため息を吐くかのような超えを漏らすと同時に苦虫を噛み潰したかのような笑みを浮かべた。

 何の特徴もないその出で立ちが見せるにはあまりに歪で不気味な笑みだ。

 数百万年生きた魔神が彼女のなかにいることを確信させる。

「殺さないなんてずいぶんと優しいのね。次元を滅ぼす魔神なんて聞いたから人一人の命なんて軽いものだと思ってたけど」

「人一人の命など私からすれば塵芥に過ぎない。ただこっちにもいろいろと事情があるもんでな。

 おかげで丁重にここに封じさせてもらっている」

 女性はトンと自らの起伏の乏しい胸を叩く。

「……そっちの事情は知らんけど、ようは殺せないわけだ」

「まあそういうことだ。実に忌々しい話だが」

 一番最初に出会ったときのような怯えるような仕草は一切なく、軽口を叩いて笑みを浮かべてみせた女性はやはり魔神にその体を奪われている。

「……」

 仮にも神と呼ばれるような存在が人一人の命に執着してることが喉に小骨がひっかかるかのような気色悪さをオルは覚える。

「悪いけど、そんな与太話をしに来たわけじゃねえ。てめえを殺して明日から俺様の自慢話の一つに神殺しのエピソードを追加するために来たんだよ」

 会話に痺れを切らせたジェットは牙を見せて笑い一歩詰め寄る。幾千もの肉を食んできた鋭い牙と、幾千もの体を千切る鋭い爪。その二つが赤い霧に包まれた街で不気味にぎらつく。

「確かに君の牙で噛みつかれたらこの体など一たまりもないだろうね」

「わかってんじゃねぇっか!」

 大きく牙をジェットが風のように赤い霧を駆け抜ける。

「あちゃー……」

 オルはおもむろに頭を一つ叩いた。

 女性の体が胴の中心を綺麗にえぐり取られる形で上半身と下半身が二つにわかれて落ちる。

 臓物をその牙で咀嚼したジェットは口の周りにべったりとついた血糊を腕の毛で拭き取る。

「人間の肉はどうしてこう硬くて不味いんだ。

 まあこれで明日からボス同様に俺様も神殺しを名乗れるわけだ」

 コンクリートの上に転がった上半身と下半身を見ながらジェットはにやつく。

 女の子をナンパするときの自慢話としては十分すぎるほどのカードが手に入ったのだから。

 今夜にでもピロートークとして使うことを決意したジェットは思わず鼻の下が伸びる。

「ふむ……容赦のない男だ」

「ん?」

「綺麗に齧り取られているな」

 声がしたのは噛み千切られ分離した上半身からだった。

 まるで何事もないかのように上半身は傍に落ちている下半身を引き寄せるとその断面をまじまじと見た。

「驚くくらいに単純構造だ。

 これなら問題ないな。ん」

 断面を無理やり繋ぎ合わせた女性の体に赤い霧が吸引され、それが失った部分を補完するかのように上半身と下半身を繋ぎ合わせる。

「さて、これで元通りだな」

 腹部の白い肌を露出させた女性は食いちぎられたはずのつなぎ目を見たが、異物感どころか傷一つ残っていない。

「体は人間じゃなかったの?」

「体の構造自体は変えることは出来ないが、目的も果たさずに宿主にすんなり死なれても困るのでな。ちょっと細工をさせてもらった」

「細工……」

「細胞一つ一つに魔回導を刻んだだけだ。なあに、全身六〇兆程度の細胞だ。大した作業ではない。

 おかげで私が作り出した結界、ブラグマの中ならば塵にされようと死ぬことはないからな」

「ってことはこの霧の結界から出られないってことでしょ」

「まあそういうことだな」

「街一つも覆うことの出来ない結界で何イキがってんだか。そんな弱点持ちでウチのボスに勝とうなんて片腹痛いぜ!」

「弱点……まあそれも時間が全て解決する」

 不敵に微笑んだ女性はおもむろに手を上げる。

 ──ゴポッ

 零れ出たのは大量の血。そしてその血と霧が融合し、人の形を成していく。

「私の津液達が貴様たちのダンスパートナーを務めよう」



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