言葉と君と旅をする
お題ありがとうございました
「死が全てを解決する。人間が存在しなければ、問題も存在しないのだ」とは誰の言葉だっただろうかと、僕は地図のオホーツク海辺りをなぞりながら考えていた。
「北海道に行きたいの?」
丁度北海道の辺りに指をおいたとき、彼は話しかけてきた。
「そういうわけじゃないけど」
「じゃあ行こうよ」
話を聞け。
「行きたいわけじゃない。寒いし、遠いし、お金もかかる」
「君がそうやって理屈を捏ねるときは大抵行きたがってる証拠なのさー」
そんな長い付き合いだから分かるんだよね、とでも言いたそうな顔をしやがって
「長い付き合いだから分るんだよね」
言いやがって。
「君が行きたいんだろ?いつもいつも僕をダシにして……」
「そういうことにしてあげるからさー」
こいつはいつも唐突な上にこうなったら人の話を聞きやしない。困った男だ。仕方ない、旅行代金とかは家が金持ちのこいつに払って貰うとしよう。そうしよう。……となるとコートとかも買わなきゃ。寒いだろうし。その他もろもろ買い出しが必要だな。
「……ふふん」
「……なんだよ」
「なんだかんだ言っても、行ってくれるんだよね~」
「……まだ行くって言ってないだろ」
「買い出しは?」
「君のお金で」
「あいあいさー」
こいつとの旅は、少しの楽しいイベントと多くの問題で構成される。こいつがもし死んだなら、この面倒くさい問題も全て解決するのだろうか。
なんてね。
オホーツク海はまだ遠い。
「愛とか友情などというものはすぐに壊れるが恐怖は長続きする」と言った政治家がいたらしい。それでも求められるものは愛とか友情などの方なのでそちらの勝ちだ。異論は認めない。
と、読んでた本から目を離し外の景色を眺めながら考えていた。
「長かったねー」
もっとも、こいつに求めているのは愛でも友情でもなく金だが。
「その言い方は正しくない。正しくは「長いねー」だ」
北海道にはまだ着いていない。
「遠いねー北海道ー」
「僕は本が読めるから退屈はしないけど」
「僕もずっと君とお話してるから退屈はしてないよー」
「え?」
「え?」
独り言だと思ってた。
『次は○○駅ー○○駅ー』
「あ、乗り換えだ」
「……しまった、栞がない」
「僕がページ覚えておいてあげるよー」
「そんなサービスはいらない。なんかないかな……」
「これとか」
それは切符じゃないか
「あ、さすがにダメかなー」
「降りれなくなるよ」
電車が減速し始めた、そろそろ準備をしないと入り口が混んでしまう。それはなんとしてでも避けたい。人混みは嫌いだ。
「仕方ない」
「僕が覚えて、」
「自分で覚えておこう」
そして僕は本を閉じ、僕らは電車を降りた。
長く続いてるこいつとの時間が、もしも恐怖だというのなら。案外恐怖というのも悪くないのかもしれない。
なんてね。
オホーツク海までもう半分。
「たった一つの死は悲劇だが、100万の死は統計に過ぎない。」と言った独裁者がいたらしい。それでも100万の悲劇は確かに存在するのだろう。死とは言わずとも、些細なことで悲劇を感じてしまう身としてはそんなことを考えてしまう。
「まさか道に迷うとはねー」
あぁ、悲劇だ。
飛行機に乗り換え北海道に着いたところまでは良かった。そこからが不味かった。何を血迷ったのか僕らは徒歩でオホーツク海を目指し始めたのだ。そして山中で迷った。
ここで言う山中は山中牧場のことではないことを明記しておく。
山中なう。とでも呟けたら気も紛れるだろうが残念ながら圏外である。
あぁ、悲劇だ
「……だから君と旅をするのは嫌なんだ。旅をする度にこういう目に遭う」
「『旅をする度に』っていうのはアレかい?駄洒落かい?」
「寒いことを言うな」
絶妙な寒さだ。というより実際に寒い。今の季節は冬、しかも北海道とくればこの寒空の下に放り出されれば普通に、普通以上に寒い。
「どこか暖まれる場所はないのか……」
知らず知らずのうちに声が震えてしまう。息も白い。
「うぅん、行けども行けども森、木、林。暖まれる場所なんてどこにもないみたいだね」
なんでこいつはこんなに平気そうなんだ。あれか、筋肉か。お前のそのたくましい上腕二頭筋とかが熱を発しているのか。寄越せ。
「嫌だよ……」
声に出しているつもりは無かったのだが、出てしまっていたらしい。いかんいかん、寒さでまともな行動が取れない。暖かいものを寄越せ。
「しょうがないなー。僕のコートを着なよ」
「いいのか?お前が寒くなるだろう」
ありがたく頂きますが。コートを奪い取るように貰い(奪い)すぐに着る。あったけー。お前いいやつだなー。今度ジュースかなんか奢ってやろうかなー。奢らないけど。
「ふふん、体は正直だねー」
「……セクハラか?」
「君、けっこうキテるだろ。限界近づくとまともな思考ができなくなるのが君の悪い癖だもんなー」
そんな長い付き合いだから分かるんだよね、みたいな顔しやがって。
「心配になるよ」
言えよ。
「言えよ」
「何をさ……っと、あれ車道じゃない?」
「シャドウ?」
「影じゃないよ、くるまみちだよ」
「あー、なんか遠くに見えるな」
「うん、車道にでたらとりあえずスマホが使えると思うからそれでなんとか」
「あっはっは、君は面白いこと言うな」
「え、何が?」
「…………え、何が?」
「君けっこう限界ギリギリじゃないの!?急ごう!」
手を引かれ、走りながら車道を目指す。人ってこんなに暖かかっただろうかと、考えてしまうのも恐らく寒さのせいだろう。
悲しみの先に喜びがあるとするならば、100万の悲劇も100万の喜劇に変えられるのではないだろうか。
なんてね。
オホーツク海まであと少し。
「一番幸せな時は、策略を十分に練って、敵を完膚なきまでに倒したその晩に、上質のグルジアワインを飲むときだ」と言った軍人がいたらしい。僕らの旅は思いつきで、中途半端で、ほどほどの報酬で行われるのでその軍人の幸せとは真逆だろう。それでもそこそこに幸せなので僕は嫌いじゃない。
「楽しかった?」
「そこそこ」
結局僕らはオホーツク海には行かなかった。北海道を満喫してしまったからだ。
半日以上を山中で過ごし、さんざん迷った僕らが見つけた旅館は知る人ぞ知る高級旅館。緊急事態だったことと金は余分以上にあったので予約無しでも難なく泊まることができた。
飯は美味いしお風呂も気持ちいい、ついでに女将さんも美人とくれば大満足だろう。
部屋で
「なんで君はオホーツク海に行きたいんだっけ」
「行きたいなんて言ってない」
「…………帰る?」
「帰る」
という簡単な会話をし、目的を達成したことにした僕らは呆気なく帰路についた。
帰りはもちろん徒歩ではなく電車である。
「別に北海道じゃなくてもよかったよな、今回の旅は」
と思わざるを得ない。
「まぁまぁそう言わずに」
汽車を待ってる間も寒さは変わず僕らを襲う。北海道じゃなかったらこんなに寒い思いしなくても良かっただろうに。
「この寒さも醍醐味じゃない?」
「君は筋肉があるからそんなこと言えるんだ。華奢な僕には耐えられない」
「コート2枚も羽織ってる癖に……」
筋肉って不思議。
なんて会話をしているとガタンゴトンという音が遠くからしてきた。
「お、来たね」
「あぁ、早く入りたい」
速度を落とし、僕らの前で汽車が止まる。中に入ると外よりも暖かい空気が僕らを迎え入れた。
「あ"ぁ"~」
「おっさんみたいだね」
うるさい。暖かいのが悪い。
コートを脱ぎながら(2着とも)席に座り、行きしなに読みかけだった本を開く。
「…………」
どこまで読んだっけ?
「235ページだよ」
「……いいって言ったのに」
「ちなみに五行目」
「なんでそんなのわかるんだ?」
「長い付き合いだから分かるんだよね」
ついに先に言われたか。
「気持ち悪い」
「ひどいなぁ」
汽車が動きだした。こいつはまた一人で喋りだす。気づいたがこいつの声は心地いいな。本を読むのに悪くないBGMになっている。
「そういえば、これ」
本の上に木葉が置かれる。
ん?木葉?
「栞の代わりに使えるかなって」
「山中で拾ったの?」
「そそ」
「ふぅん。まぁ、ありがたく頂くよ」
帰ったら栞はあるのだが、せっかく用意してくれたんだ。見たところ綺麗なやつを選んでくれてるみたいだし使ってやろう。
読書再開
独り言も再開。
……………………
………………………………
「…………君はさ」
「ん、なに?」
「僕みたいなやつが、彼女で良かった?」
「君はそれを旅の度に聞くね」
「それは駄洒落か?」
「そのつもりだよ。」
「寒いな」
暖かいけど。
言葉も汽車も。
「君が僕の彼女で良かったよ」
「……それも旅の度に言ってるな」
「それは」
「駄洒落のつもりだよ」
そして僕は読書に戻る。これは毎度の恒例行事。ルーティーン。僕らの旅の報酬。再確認。何も問題はない。今さら恥ずかしくも何ともない。
「ふふん」
「……」
「顔、赤いよ」
「読書の邪魔をするな」
「はいはい」
僕らの旅は思いつきで、中途半端だ。
「次はどこに行こうかな」
「……」
「思いきって外国とか行っちゃう?」
「……」
「凱旋門!エッフェル塔!」
「……」
「でもパスポートとらなきゃいけないしなぁ」
「……」
ほどほどの報酬で行われるし、報酬なんてないときもある。
「……この栞」
「うん?」
「悪くない、かも」
「……ふふん」
それでもそこそこ幸せなので僕は嫌いじゃない。
一番幸せな時を聞かれたら、このそこそこの幸せな時を答えるだろう。
なんてね。
オホーツク海はもう遠い。
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