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禍言の葉  作者: 御桜真
第5章 恐怖の対象
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持ちつ持たれつ1

    ※    ※    ※



 投身自殺をした生徒、自殺未遂をした生徒たちの写ったクラス写真、亡くなった警備員たちの写真、そして自殺の現場写真が、ローテーブルの上に並べられている。本来なら警察から持ち出されることがないはずのものだ。

 写真を受け取ったのは協会から来た崇子で、最初に状況の把握をしなくてはならないのだが、彼女は直視することすらできずにいた。ちらりと目に入っただけで、見る気も失せてしまった。見るに耐えない惨状が写っていて、普通の人間が見たらトラウマになってもおかしくない。

 校長たちとの話が終わって、彼らも去った後、蓮は宣言どおりに二人掛けのソファを占領して昼寝をしている。場所をとられた奏は、校長が座っていた場所に移動して、しげしげと写真を見ている。

 スナップ写真のようなノリでひらひらと振りながら、奏が崇子に言う。

「お嬢さんさあ。この学校での怪奇現象とやらは、何が原因だと思ってる?」

 崇子は机の上の写真を見ないように、視線を奏に向けて、少し困った顔をした。

「わたしからは今のところなんとも。今日到着したばかりですから」

「なーんだ。楽は出来ないってことか。でも見当くらいはついているだろ?」

 つまらなそうに言った奏に、崇子は笑みを浮かべる。

「協会が巫女であるわたしを派遣したところを見ると、霊の類が起こしていることだともとれますね。ですが一方であなた方を指名したのですから、一概にそうとも言えない。要するに分かっていないのです」

「なんだそれー」

 不満そうに、ぷうと奏が頬をふくらませる。

 蓮には爺くさいと言われていたが、そんな仕草をするととても子どもっぽい。崇子は小さく笑みをこぼす。

「わたしの意見で良ければもう少し詳しく言えますが」

「なんだ、そんなものあるなら出し惜しみするなよ」

 崇子は「すみません」と言ってから、続ける。

「現象と呼べるものは、この学校を中心に、結構な範囲に及んで起こっています。――一番被害の大きいのはやはり、人が多く、精神的にも霊的にも干渉されやすい年齢の子どもたちが集う学校ここですが。しかもその被害のほとんどが、死に至るもの。その上「喰われた」のだと言えるようなものばかり。この学校内での事件をあわせて死者は二十人を越えています」

「やっぱり、霊の類ではないと思っている?」

「ええ。霊は人を食べません。人の仕業でないのならこれは魔族の仕業だと思います。自殺のようなことばかり起きていることを考えると、人を操るのが得意なものではないかと」

「ふうん」

 奏はどこか楽しそうだった。唇をすうっと横に引いて、笑う。――奇妙、だった。一変した雰囲気に驚く間もなく、彼はすぐに、にこりと笑みを浮かべて崇子を見た。

「で、とりあえずどうするんだ? 計画とかたててるのか?」

 年齢不詳だと思わせるのはこういうところだ。表に見せる感情がころころ変わるのが子どもっぽいようでいて、ほんの束の間見せる表情は、老成しているように感じる。

 崇子はそもそも、よほど相手に慣れないと敬語が抜けない方だ。でもきっと、そうでなくたって、彼はどこかそうさせる雰囲気を持っている。校長が戸惑っていたように。

「私が地相師なら、現場から情報を読み出せるのですが。残念ながらそういった手合いの者がいないので、現場で何が起きたか分からないのは困りますね」

 地相を読む、というのは通常、土地の吉凶を見ることだ。だが、この業界で地相師と呼ばれるのは、土地に強く残った記憶や情報を読み出すことができる者だ。非戦闘要員だが、事件に当たるには重要な役目だった。

「あ、悪い。俺もそういう系の能力はわからない」

「蓮さんはいかがですか?」

「俺にできないことは蓮にも出来ないと思う。同系統の能力だから」

「そうですか……」

 そういえば崇子は「狩人」の二つ名を持つ彼らが、どういった能力者であるのかを知らない。協会からも知らされていない。ただ、その名だけが有名だった。

「とりあえず、元凶はいつもに校内にいるわけではないようですから、ここから完全に人がいなくなったのを確認してから、学校全体を外界から切り離そうと思います。外部から進入が可能で、出て行くことができない類の結界なら、閉じ込められるでしょう。そうすれば内部で多少のことが起きても、外に影響は出ませんし」

「学校全体を一人で?」

 かなりの広範囲だ。呪符などの力を借りるにしても、一人でするには広い。

「それくらいの役にはたてるつもりですよ」

 協会は、精鋭の集うところ。そうでなければ、国家権力と張り合うほどの――と言うべきか、その影響を受けずに立っていられるものではなくなる。

 なるほど、と奏はしたり顔で頷き、笑った。

「俺らもできるだけ援助はするよ。サポートって言うんだっけ? 一応、協会には何かと世話になってるからね」

「やはり個人で営業するのは難しいですか?」

「まあね。俺みたいのは生きにくい世の中になったものですよ」

 あっけらかんと少年は笑って見せた。

 そう言えば、と、崇子は上司の言葉を思い出す。

 協会は学校からの要請に、とるもとりあえず崇子を送り込んだ。

 本来なら最低でも二人一組で動く。なのに、校長にも言ったように、別の大きな事件で人が出払っているせいで、人手が足りなかった。

 この学校での事件は、被害が多い。放っておけば大きなものになりそうだったから、普通ならばもっと人員を整えるところだ。かといって他に手の空いている者もおらず、学校側から人員の増強を依頼されなくても、サポートを頼むつもりだった、と聞かされている。

 しかし能力者で、個人で営業している者は、変わり者というか偏屈な人間が多く、協会が要請をしてもすぐ動いてくれるとは限らない。緊急の要請に応えてくれて、しかも相応の力の持ち主となると、限られてくる。

 だけど、直属の上司に、彼らなら協力してくれるだろうと聞かされてきていた。やはりそれには事情があるのだろう。しかも協会は、同業者に対して高位置に構えているものなのに、「協力してくれるだろう」と、盟友に対するような言い方をした。

 奏が自分の能力のことを口にしないことにも、関係あるのかもしれない。――なんとなく、彼は言い忘れているだけの気もしたが。

 知っておくべきなのだろうが、崇子は突っ込んで聞けなかった。とりあえず笑みを返す。

「ギブアンドテイクですね」

「持ちつ持たれつって言おうよ。人情的でいいだろ。なんか、ギブアンドテイクだと、すげーゲンキンな感じするもん」

 それなら、ウインーウインかなと思ったが、口にしない。

 奏が変わらず、底のない笑顔を向けてきたから。――言ってしまえば、すっからかんの笑顔だった。


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