9話・この女は売春婦です
「何分、急なお話でしたから……そのうちにギタ国王から連絡があるかと思います」
「ギタ国王陛下と言うお方はたいしたことはないのね? まず最初に王女を託す前に我が国に親書なり送って来てもいいでしょうに」
王妃が詰るように言えば殿下はしどろもどろになって言い訳していた。
「それは…国王は病弱で体調が宜しくないとか…家臣の者が便りを勝手に抹消してしまうとかで…しかも国王は寝たきり状態だとか…聞いてますから…」
「まあ。それはどなたに?」
「ギタ国の王女殿下です」
「あらそう。そのギタ国の王とは頼りないお方なのね。自分が幾ら病弱でも王の地位についている限りは自分の妹くらい自分で守れなくて如何するの? しかもその第一王女殿下だけどよほどの箱入り娘なのかしら? 礼儀作法も知らなそうだしね。果たしてその王女さまは本物なのかしら?」
殿下の話を聞けば聞くほど納得のいかないことだらけだった。ギタ国の王や王女を庇ってみせた王太子殿下の説得力のない言葉に頭の中が大丈夫か? と、言いたくなる。なんだか殿下から聞くギタ王女にはきな臭いものしか感じられない。言葉巧みに殿下に言い寄って来たイメージしか湧かないのだ。
王妃さまはそれを危惧してるのだろう。わたしもこの国の未来が不安になって来た。
「そう思うわよね? アリーズ?」
今度は王妃さまに同意を求められてしまった。ここはやっぱり頷くことしか出来ない。幾ら脇から突き刺すような視線を向けられても殿下の話は信用ならないし。
目を覚ませ。としか言えません。
それに婚姻前の男女が同じ部屋にふたりきりでいると芳しくない噂が流れるこの国で、王太子殿下が自らそんなことをされていたわけで。しかも殿下の場合はグレーゾーンならぬ限りなくブラック。首筋にその証拠を残されていては幾ら言い訳しても疑われるだけでしょう。
陛下も呆れた目を息子に向けていた。
「そなたはアリーズに冷たく当たって来たそうではないか? まさかそれはそのギタ国の第一王女と懇ろな仲になったからアリーズが邪魔になってのことではないだろうな?」
「父上。それは邪推です。アリーズへの態度は彼女との事とは一切関係ありません」
「じゃあ、おまえはなぜ四年前からアリーズを邪険にして来たのだ?」
「それは…」
「それはなんだ?」
殿下は言いにくそうに口ごもった。わたしもそのことについては気になっていた。おそらく殿下に言い寄った王女が何か吹き込んだと思われる。いまだに原因が分からず蔑まれているわたしとしても知りたかった。陛下に促された殿下は腕を大きく振り上げ、わたしに向けて右手の人差し指をびしっと突きつけてきた。な。何だ?
「父上や母上はアリーズに騙されてるのです。アリーズは貞淑そうに振舞っていますが実はこの女は売春をしているのです」
「「「はあああ?」」」
殿下の言葉にわたしと陛下と王妃さまの声が見事に被った。わたしが売春? 何を言い出した?
「この女は夜な夜な男を漁りに下町に繰り出し、金品と引きかえに男と寝る最低最悪な女だったのです」
「ジグモンド。アリーズを侮辱する気か? 王太子ならば口にする言葉には責任を持て」
陛下は憤りを抑えた声で問いかけていた。王妃さまも目を三角にしていた。わたしも許せない思いでいっぱいだった。また殿下から言いがかりをつけられたのだ。しかも特権階級の女性にとっては蔑視とも言える言葉で。そこまでわたしを貶めたいのか? 前世のデブス、力士を越えてるぞ。おい。
内心腹立ち横に居並ぶ殿下を睨みつけると彼はふふん。と、鼻で笑ってきた。やな奴。
そこへ冷たく静かな声が降りてきた。
「それはいつ頃の話なのかしら? ジグモンド?」
「はい。母上。たしか四年前の、アリーズが毒を含んで騒ぎを起こした辺りです。私はむしゃくしゃして下町へと繰り出しそこで男漁りをする彼女を見ました」
「妙なことを言うわね。アリーズが毒を含んで。だなんて。あれはまるでアリースが自作自演したとでもあなたは言いたいの? あの頃アリーズはねショックが大きすぎてわたくしがお預かりしていたのよ。アリーズは一日中、泣きはらしてお部屋にこもっていたわ。わたくしが側で付き添っていたから間違いないわ。夜なんて眠れそうになくてわたくしが一晩中宥めていたのよ。それが二週間ばかり続いていたというのにあなたは一度も見舞いにすら訪れなかった。薄情なあなたをわたくしはどれだけ心の中で罵っていたか。だからわたくしは覚えていてよ」
「そんな…! 私は確かに見たのです。この女が街角で手馴れた様子で男を誘うのを」
「あり得ないわ」
「あり得んな。あの頃のアリーズは見ていて耐え難いものだったよ。一人で外出できぬほど体力も失せていた。それだけアリーズは傷心していた」
王妃さまの言葉に陛下も同意された。陛下も何度かわたしのもとを見舞ってくださっていたので現状はご存知だった。
「情けない。許婚でありながらアリーズのことを知ろうともしなかった上に、そのように貶めた言葉を吐くとは。王族としても人間としても褒められた行為ではない」
「そんなはずはない。ダニエルと見たのです。あれはこの女でした」
「ジグモンドっ」
殿下は絶対だ。と、声をあげわたしは悲しくなって来た。そのわたしを見かねてか王妃さまが声を荒げた。いつもは泰然となさっている王妃さまにしては珍しいことだ。その王妃さまの肩に手を掛け、陛下は横に首を振って殿下に問いかけて来た。
「ジグモンド。その者は確かにアリーズだったのか? 側まで近づいて確認したのだろうな?」
「いいえ。遠目に見ただけです」
「どうしてそれだけでアリーズだと?」
陛下がそれは何者かとわたしを見間違えたのだろう?と、促したが殿下は頑として同意しなかった。その上、さらにわたしをキレさせる言葉を放った。
「間違えようがありません。その泥のように汚れた髪の色ですよ。遠めにも分かりますから」
わたしのなかで何かがプツンっと切れかけた。泥色じゃねぇ。黒色だ。しかも売春婦って失礼にもほどがある。




