6話・頼もしきリベンジの協力者
復讐という言葉はどこかおどろおどろしい。口に出すのさえ憚れるような気がするのにそれがカタカナになったことで思ったよりも軽く言葉が飛び出した。言ったわたしも驚いたが口にしてみて始めて意味を為したような気がしてきた。復讐とは心のなかで思うだけでは駄目なのだと改めて思った。
「だから手伝ってくれる? エドバルト君?」
「二人でいる時は俺のことはエドでいい。おまえのことは何と呼んだらいい?」
「わたしのことはアリーと。これから宜しくね。エド」
「じゃあ、決まりだな。アリー。宜しく」
わたしが手を差し出すと、それをエドは両手で握り締めてきた。前世では一匹狼だった彼のこうした歩み寄りを見て驚くと同時に気を許してもらえたようでくすぐったいような思いに駆られる。わたしのやや戸惑ったような様子に誤解してか、ああ。悪い。悪い。と、彼は手を慌てて離した。
前世では知り合いでも転生してからは初対面なのだ。と、思い当たったようで自分の態度が非常に馴れ馴れしかったかも?と、思ったようだ。わたしは全然構わなかったのに。と、ほんの少しだけ離れた彼の手が恨めしく思った。
黄昏色を背後にわたし達は手を結んだ。彼に利があるかどうかは分からないけど、彼はわたしを手伝うと誓ってくれた。それが心強く頼もしくもあって彼を見返せば、彼もまたわたしを見ていた。
「お嬢さまっ」
そこへ切り込みを入れるように馴染みの声が割って入って来たことでわたしたちの目は離れた。声の持ち主を揃って見る。
「マーナ」
「お嬢さま。お迎えに上がりました」
エベルー伯爵家に仕える侍女のマーナが中年御者のハバンを連れて立っていた。マーナはわたしより三つほど年上の侍女で、中年のハバンは彼女の父親だ。ふたりとも公園に入ったきり戻ってこないわたしを心配して迎えに来てくれたようだ。
「アリーズお嬢さま。こちらのお方は?」
「彼は…」
ハバンはわたしの隣に立つエドに警戒の目を向ける。年頃の娘を持つ父親だけに気になるらしい。その彼はじっと切れ長の目をエドに向けて彼の着ているジャケットやクラバットを留める為に付けられたピンの紋章で気が付いたようだ。この国では大抵の貴族が自分の家の紋章を持ち物に付けるのが流行っていた。
彼をどう紹介したものか? と、悩んでるとハバンはとっくに察したようである。
「シェルプト辺境伯さまでしたか? これは失礼致しました」
「当家のお嬢さまがお世話になりました」
と、すぐに頭を下げそれと同時にマーナも頭を下げている。さすがは出来た使用人達だ。この国全ての各貴族の紋章が頭のなかに入っているのに違いない。わたしは感心した。だって辺境伯は全然社交界に顔を出さないから知らない人もざらにいる。それがハバンたちには一目で分かったのだから。
「お迎えが来たようだし気をつけてお帰り。アリー」
「お気遣いありがとう。エド。あなたに会えて良かったわ」
「僕も君に会えて良かったと思っているよ。またね、アリー」
「さよなら。エド」
エドはマーナ達がいるせいか、それまでの口調とは一転させた。いかにも貴族のような物言いに彼の前世を知るわたしは彼の微笑を頬に受けてそそくさとその場を後にすることにした。あのままいたら吹き出しそうだったのだ。馬車の中ではあ。と、深呼吸をして息を整えていると興奮ぎみのマーナから詮索されることになった。
「お嬢さま。いったい、いつの間にあの白金の貴公子シェルプト辺境伯さまとお知り合いに?」
「白金の貴公子? エドのこと? さっきお会いしたばかりよ」
「えっ? 初対面にしてもう愛称呼びですか? 進展早いですね。白金の貴公子さまは意外と押し押しなんですね」
「別に気があっただけよ」
まさか前世で知り合いでしたなんて言える訳がない。そんなことを言ったらわたしの頭がおかしいのではないかと思われてしまう。こちらの世界では転生なんてものはない。人間は死んだら天に行き永遠の楽園で暮らすと信じられているのだ。