56話・そろそろ父親のもとへ帰るか?
コンクールの結果はマクシムが表彰された。アデマールは僅差で表彰を逃したが、自分の中ではやりきった思いで一杯だった。
アデマールは数日後、ハーラルに向かって言った。
「親父さん」
「何だ?」
「今まで僕の面倒を見て下さって有り難うございました。アリーズから聞きました。勘当されてぷらぷらしていた僕のこと、父に頼まれて見守っていて下さったんですね?」
「何を言うのかと言えば……」
「どうもパンの味が懐かしく思われたはずです。あなたはエベルー伯爵家の料理人として働いていた時期があったのですから。それすら気がつかなかった僕は間抜けだ。
親父さんは奥さんの体が弱く寝付きがちだったことから、うちの屋敷での勤めを断って街でパン屋を開くことにしたって事も」
「そうか。アリーズさまから聞かされたのか。確かにエベルー伯爵さまから息子を頼むとは言われていた。何かあったなら助けてやって欲しいと。でも伯爵さまにもしも、息子が改心しないようなら冷たいようだが、見捨てても構わないとも言われていたんだよ」
「それは仕方ない事だと思います。あの頃の僕は遊んで暮らせる毎日が楽しくて仕方なかった。キリギリスのようにその日暮らしで満足していたのです。労働のなんたるかを知ろうともしなかった。汗水流して働くなんて馬鹿らしいと、無駄なことをしていると傲慢にも思っていました。でも、今は硬貨一枚稼ぐのにどれだけの労働力が必要になるか知っています。またそれを無駄だとは思わない」
「アデマール。おまえはここにきて生まれ変わった。以前のおまえとは全然変わった。それは伯爵さまから見ても好ましい変化だと思う」
そろそろ父親の元へ帰るかと聞かれて、アデマールはそれを断った。
「僕が今更戻った所でどうなるでもない」
背後でガタッと音がして振り返ればルルがいた。
「それってどういうこと? アデマールはエベルー伯爵さまのご子息さまなの? エベルー伯爵さまって確か王妃さまのご実家なのよね?」
彼女は初耳だと顔を青ざめさせ、後退ると踵を返して走り去った。アデマールは気が急いだ。
「ルルッ。親父さん、僕は……!」
「分かっている。後を追ってやれ」
アデマールはオヤジさんに背を押され、彼女の後を追った。
「ルルッ」
彼女は広場の噴水の縁に腰掛けていた。
「ルル」
「アデマール」
呼びかけると、膝の上で手を組んでいた彼女はゆっくり顔を上げた。
「ねえ、ルル……」
「私ね、あなたに初めて会った時から気になっていたの。素敵な人だなあって思っていた。顔立ちは良いし、物腰も柔らかいからどこかお金持ちのお坊ちゃまではないかと思っていた。あなたのことを好きになっても、たかがパン屋の娘の私なんか相手にされないと思っていた。でも、あなたはさらに雲の上の人だったなんて……」
「雲の上どころか転落して、その上きみに捨てられそうになっているよ。可哀相に思わない?」
「アデマールが可哀相?」
アデマールはルルの隣に腰掛けた。幸いにも周囲に誰もいなかった。




