53話・アデマールの転職
早くも半年が過ぎた。パン屋の主人はハーラルと言い、ルルの母親である妻を五年前に病気で亡くしていた。娘と二人暮らしの中、赤の他人であるアデマールが加わった形となったが、この頃には元から家族だったようにすっかり打ち解けていた。
「アデマール。今日も噴水広場前で歌うのか?」
「ああ。親父さん、行ってくるよ」
「アデマール。もう行くの?」
「ルル。お昼には帰って来るから」
「気をつけてね」
「うん」
「あ~。今日は何だか暑いなぁ。暑い、暑い」
ルルの父がアデマールとルルの二人に気を利かせるように作業場へと踵を返しかけてよろめいた。
「お父さん?」
「親父さんっ」
ルルとアデマールは急いで駆け寄り、倒れ込んだハーラルを抱き起こした。
「済まねぇ。目眩がして……」
「親父さん。寝室に行こう。運ぶから。ルル。診療所の先生を呼んできてくれ」
「分かったわ」
ハーラルを部屋に運んで寝せていると、ルルが急いで先生を連れてきた。先生の見立てではハーラルは、心臓が弱って来ているのであまり無理をさせないようにとのことだった。先生が帰る前にアデマールを呼んだ。
「アデマール君。きみに話がある」
先生の話を聞き、先生が帰ってからも心配して父親に付き添うルルを見ていたアデマールは決意した。
「親父さん。僕は────」
五年後。アデマールはハーラルに弟子入りをして、パン職人となっていた。その年、お目出度い事があった。このブロワ国に王子が誕生したのだ。
この国の王太子ご夫婦は仲睦まじいと評判で、王都のあちらこちらで絵姿が売られるほどの人気ぶりだ。その王太子妃が王子を産んだと聞いて、アデマールは自分のことのように嬉しかった。
誰にも言えないことだが、王太子妃はアデマールの実妹なのだ。伯爵家の後継者から廃嫡されて平民となっても、もう二度と会えなくなってしまったとしても、可愛い妹の幸せを願っていた。
「アデマール。おまえのおかげで今日もパンが完売だ」
「えっ? まだ昼前なのに?」
「ああ。店を開ける前にすでに行列になっていたからな」
ほくほく顔でハーラルが言う。アデマールにパン作りを任せるようになってから、お店のパンがすぐに完売するようになっていた。これというのもアデマールのアイデアが優れていたせいだ。
パンと言えば王都では丸い形に、細長い形のものが定番で、パンの中に何か入れるという発想がなかった。
ある日、お店の余ったパンで食事をしていた時に、ハーラルが惣菜をパンの中に挟み込んで食べているのを見たアデマールがそれを商品化したらどうかと勧めて、試しに売り出してみたら意外にも好評だった。
他にも甘いものが好きな人の為に、チョコレートクリームを入れたパンや、ジャムを入れたパン、バタークリームにシュガーを振ったパンを売り出したら、完売するようになり王都でもっとも人気のある店になっていた。




