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45話・ある将軍の末路2

「何を言い出すの? 嫌ならいいわよ。あなたはここに残っていれば?」

「……」


 フロアの言い方に腹が立ち、そのまま男は歩き出した。密猟者たちは黙って後を付いて来る。そのうちに後方で「うわあ」と、何人かの悲鳴が上がった。

 振り返ると密猟者達がヒルが足に付いたらしく必死で振り払っている。しかしヒルは離れるどころが、密猟者の血を吸ってどんどん姿が大きくなる。ボール状に膨れ上がったヒルは瘤のようで見苦しいものだった。


「助けてくれぇ」


 男は密猟者達の命を救おうと短剣で次々ヒルを切る。ところがどういう仕組みになっていたのかヒルを切られた男達は次々絶命した。


「ひぃっ。人殺し!」


 フロアとその兄は男を見て後退りすると、ふたりでその場を逃げ出した。この先は森の奥になる。


「おい。待て!」


 ふたりは男の制止の声を聞いてなかった。「きゃあっ」と、フロアのものと思われる悲鳴と、「フロア」と、呼ぶ声がしたと思ったらズササササササと何かが転落したような音がして、男が音の方へ駆けつけた時には崖から落ちたふたりの姿が見え、そのふたりに歩み寄るヒグマの姿が見えた。


(あれではふたりとも助からないだろう)


 男は森に一人残され数日の間、彷徨った。気がつけばのまず食わずで過ごしたせいもあり、体がだるく視界が覚束ない。熱でもあるのだろうか? 

 ニ、三日前には蚊らしきものに刺されて、体が腫れているからそのせいなのかもしれない。

 男は朦朧とする意識の中、大木に身を横たえて今までのことを思い起こしていた。自分が将軍として華々しい生活を送っていたこと。妻は穏やかな人で娘達は捻くれたところもなく真っ直ぐに育った。


 あの頃が一番幸せだった。どうしてそれ以上のことを求めようとしたのか? フロアと出会ったことで自分は欲深くなってしまったようだ。そんな大それたことを望むだなんてどうかしてたとしか思えない。

 自分は愚かだった。自分の取った行動により尽くしてくれた元妻を貶め、娘達の幸せまで奪ってしまった。こんな屑な男に幸せな未来などあるわけがない。フロアに馬鹿にされ良いように扱われてきたのも、家族を貶めた自分への罰として受け止めてきたつもりだ。でもこんなことで元妻や娘達の幸せが戻ってくるわけがない。


 自分が捨てた家族の為にも自分は罰を甘んじて受けるべきだろう。でも、叶うことならフロアとの間に生まれた子は……あの子だけは許して欲しい。


(自分の命はどうなってもいいから。どうか神よ)


 そう願って男は苦しい息を吐いた。






「……さま。あなたさま」


 男は忘れ去っていた元妻の声が聞こえたような気がした。


「ラーニャ……?」

「気がつかれましたか?」


 気がつけば堅い寝台の上に寝せられていて、側には優しく微笑む元妻の姿があった。前と違うのは淑女の鏡とされた彼女の姿の異変で、彼女は修道女の姿をしていた。


「許してくれ。ラーニャ。国を追われてからそなたのことをずっと思っていた。そなたに謝りたいと思っていた」

「もう過ぎたことですよ。まずは起き上がれるようになるまで体力をつけましょうね。あなたは不可侵の森の外で倒れていたのですよ」


 修道女となった元妻の手を借りながら寝台に身を起こした彼は、自分の体の異変に気が付いた。体が麻痺していて力が入らないばかりかその先を見て絶句した。


「足の指先が無い?」

「あなたさまは高熱に見舞われていて体中に毒が回ってました。命を救うにはこれしかなかったのです」


 元妻は申し訳なく言って顔を伏せた。男は自分の体が不自由になったことよりも、元妻に会えた事が嬉しかった。


「ありがとう。ラーニャ。俺のことを憎んでいたろうに」

「憎んでなどおりませんわ。呆れましたけど」

「そうだよな。俺のした事は生涯許されることではない。でもそなたにあえて良かった。体が起こせるようになったらここからすぐ出て行く」


 おまえにはこれ以上、迷惑かけられないからな。と、呟いた男に元妻は泣き笑いのような顔をして微笑んだ。


「無理しないでここにいればいいですわ」

「いいのか?」

「ええ……」


 ラーニャはそれ以上、何も言わなかった。でもその日から甲斐甲斐しくラーニャは男の世話を焼いた。

 男はなるべくラーニャの負担にならないようにと自分でどうにか起き上がろうとしたり、排泄時にはお尻をあげるなり協力をしようとしたが思うように体が動かずラーニャの世話になってしまう。それが悲しくて辛かった。


 なぜここまで元妻の世話になることしか出来ないのか。もと将軍として体を鍛えていたあの自分はどこへ行った?

 ラーニャに身動き出来ない体の世話をしてもらう度に男は情けなく思った。どれだけ自分はラーニャに負担を強いるのかと。




 そんなある日、男がいる部屋の窓の外で、ラーニャが他の修道女と話してるのが聞こえてきた。


「あなたも踏んだり蹴ったりね。ラーニャ」

「元旦那さまが今頃になって現れるだなんて」

「ラビア。でも私、神さまに感謝しているのよ」

「どうして?」


 ラーニャは何もかも柵を捨てきったような声で言った。


「あの人、体がぼろぼろであと一ヶ月しか生きられないのよ。でもその最期を看取る機会を私は神さまに与えて頂いたんだと思っているの」

「あなたそれでいいの?」

「ええ。たまに思うわよ。どうしてこんな人と結婚してしまったのかしらと。でもね、悪いこともあったけど良い事もあったのよ。あの人の世話をしてるとそれを思い出して自分の不満などどうでも良くなるの」

「お人よし過ぎるわよ。ラーニャ。私なら八つ当たりしてるところよ」

「でもね、人間死期が近付くと寂しくなると思うの。最期くらいは明るく見送ってあげたいじゃない?」

「ラーニャ。あなたって聖女ね」

「ラビア。何言ってるの?」


 恥ずかしそうに言う声音が男の耳朶を打ち、その言葉が男の耳には痛かった。





 間もなくして男は息を引き取った。元妻に看取られながら。静かな死出の旅立ちとなった。

 フロアとその兄、そして密猟者たちは行方が知れず人々の記憶からも忘れ去って行った。

フロアに夫を奪われ面白くなく思っていた兄嫁は、フロアの残した子供に絆されて実の親子のように仲良くなっていた。その子も兄嫁のことを実の母親のように慕い、恩を返すように立派な商人として名を上げていくことになる。


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