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44話・ある将軍の末路

「もう。少しは面倒見てよ。あなたの子なんだから」


 自分の娘と同じ世代の妻のフロアは苛立ちをぶつけるように床の上で午睡をしていた男を蹴りつける。浅い眠りから無理やり起こされた男は不快を顔に張り付かせたまま起き上がった。その腕に妻は赤子を押し付けた。


「わたしこれから出かけるから。後は頼んだわよ」


 妻は身綺麗に装って顔に脂粉の匂いをさせていた。口に引いた紅は赤くミツバチを誘う花のような妖艶さを漂わせている。子供を産んだ妻は妙に色気が出てきて男を戸惑わせた。

 子供が生まれる前は何度も男に抱いて欲しいとねだったくせに、子供が生まれてからはその世話で疲れたといっては男に触れられるのを極端に嫌がった。


 初めは赤子の夜鳴きがひどく不眠がちなこともあって妻はストレスに晒されていた。彼女があまりよく寝れないと嘆くので仕事の休みに男が赤子の世話をするようになると妻は憑き物が落ちたように穏やかになった。


 でもそれは数ヶ月のことで再び彼女はイラつくようになり男にあたり出した。原因は兄嫁だった。

妻と男は妻の実家に厄介になっていた。それを兄嫁は嫌った。商人の家で朝は早く夜は遅い。もともとフロアは兄嫁とは折り合いが悪かったらしく、しょっちゅう喧嘩していたようだ。

 兄嫁としては父や兄がフロアを甘やかし、義理とはいえ妹のフロアが家事の手伝いもしなかった上に、使用人のように兄嫁を使ってたことから嫌っていたようだ。


 ようやく厄介払いできたと思っていた義妹が、ブロワ国でやらかしてお腹を大きくして戻ってきたのだ。男から見ても兄嫁に嫌がられるのは当然に思えた。

 兄嫁はフロアとその夫に納まった男を厄介者扱いとして扱った。フロアの兄や父は幾ら溺愛していた娘が戻ってきたとはいえ、未婚でお腹を大きくして戻ってきたのだ。外聞が悪いと家の奥に隠すように追いやり、その夫に納まった男を批難し、護衛兵としてこき使うようになった。


 男としては国を追われて行き場もなく、多少妻に問題があっても生まれた子供には害がないと、子供の為に恥を忍んで妻の実家にお世話になっていた。

 そんなある日。妻のフロアが猫なでする声で言って来た。一旗あげないかと。かつてはブロワ国の将軍職にあった男だ。こんな一商人のもとで燻ってるような生活は惨めにしか思えない。その言葉に心が揺すられた。


「ブロワ国に不可侵の森があるんですって? そこに白狐の生息地があるそうね? あの白狐を捕獲して売れば何倍ものお金になるわ」


 フロアの提案はブロワ国の禁足地での密猟話だった。ブロワ国では白狐神キュンティアさまを守り神として崇拝してることから白狐の猟は固く禁じられている。

 でも白い毛の動物の毛皮は、他の国では高値で取り引きされているので、白狐も良い値になるに違いないとフロアは囁いた。


「でもあの国では白狐を狩ることは許されていない」

「馬鹿ね。それはあの国の者に対しての法でしょう? あたし達は国を追われたのよ。今更じゃない?」


 もうブロワ国の者ではなくなったのだからそんなに気にする事ではないだろうとフロアは笑った。


「義姉さんが子供の泣き声が煩いからこの家から出て行けって。あたしもうこんな生活飽き飽きなのよ。お願い。いいでしょう?」


 フロアは泣きそうな顔をして言っていた。それに思わず男は頷き、その結果、子供を他人に預けてブロワ国にこっそりと足を踏み入れることになってしまった。

 フロアはその計画を男以外にも何人かの男に声をかけていた。その中に彼女の兄もいて男は驚いた。この計画はフロアの兄が持ち出した事だったのだ。


 移動の商船はフロアの兄の持ち物だった。数人の男たちはこの企画の為にフロア兄妹に買われた密猟者だと、船底で他の男達同様に雑魚寝を強いられた男は後で知ることになる。

 しかも男達はフロア兄妹を夫婦だと思いこんでいた。ふたりは同じ船室で寝ていたし、自分達と同じ船底で寝ている男がまさかフロアの夫とは思わなかったのだろう。彼らは色々と男が知りたくなかったことを教えてくれた。 


(あのふたりは出来ている)


 それを聞いて男も納得した。なぜなら毎朝、眠そうな顔をして兄の船室から出て来るフロアの乱れた衣服を、兄が何度か整えてやってるのを見たからだ。

 ふたりの関係はいつから始まったのかは知らないが、男は彼女にとって名ばかりの夫になってしまっていたらしかった。男はすでに諦めきっていた。


 男はブロワ国に到着し不可侵の森に皆で足を踏み入れた時、ある話を思い出した。今までどうして忘れていたのかと思うくらいだ。不可侵の森は重大な罪を犯した者が送られる場所。確かそのことを宰相あたりから聞いたのではなかったかと記憶を探って嫌な予感がした。


「不気味な森ねぇ」


 と、フロアは兄と腕を組み皆の後ろから付いて来る。皆の先頭に立って歩いていた男は不安を覚えて警告した。


「この先へ進んでは駄目だ。ここから出るんだ」


 警告した男を、フロアの兄に雇われた密猟者達が馬鹿にした。


「何言ってるんだ? オッサン」

「ここまで来て臆したのか?」

「なんならオッサンはここに残るか?」

「誰だよ。こんなオッサン仲間に入れたのは……」


 密猟者達は男を軟弱者と詰る。男は苛立ちを覚えたが我慢するしかなかった。


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