39話・肝に銘じます
王妃さま達の会話で察することも出来たはずなのにわたしは頭の巡りが悪くなったらしい。ティアさまとはアスガー王子=エドの母親でキュンティアさまに違いない。王妃さまがエドをティアさまに欲しいとおっしゃったのは彼を次期国王とするべく王太子として擁立するということではないのだろうか?
「ねぇ、エドバルト。わたしアリーが気に入ったわ。彼女を連れて帰ってもいいかしら?」
「それは彼女が良いと言ったのですか? 彼女には家族がいます。引き離すようなことは…」
先ほどまで王妃さまと見つめあい一歩も引かない様子を見せていたティアさまがわたしのことを会話に持ちだす。エドはわたしをちらりと見た。そして手元に視線を下ろした。
「あなたは良い子ちゃんね。もう少し我がままを言ってもいいんじゃなくて? そこのディンみたいにね」
「悪かったわね。ティア。でもわたくしは意見を変える気はないわよ。役目が済んだらアスガーをあなたのもとに返す気ではいるし、お望みならアスガーの戴冠が済んだ後にあのお方をあなたに貸し出しても良いわ」
ティアさまは笑いながら王妃さまにあて擦るように言い、王妃さまはそれを明るく笑い飛ばす。聞いていた内容が内容だけにわたしだけは笑えなかった。
「お二人とも不遜ですよ」
エドは話の内容は知らないはずなのに陛下を貸し出すという言葉には顔を顰めて嗜めようとした。しかし王妃さまとティアさまはそれを気にしていない。人払いした空間でもあるので言いたい放題なのだろう。変なところで気が合うな。と、思う。
「それは良い考えね。ディン。もう一人ぐらい子供を作ってしまおうかしら?」
「良いのではなくて。跡継ぎさえいればあなたも困らないのでしょう?」
「でもディン。それならあなたが陛下の子をもう一人孕めば良いのではなくて?」
「嫌よ。あの産みの苦しみをまたわたくしに体験しろというの? あの痛みは一度きりでもう結構だわ。そう思わない? ティア」
「そうよね。わたしも絶対嫌よ」
二人は競うように料理を皿に盛り出し次々口にする。普段は慎ましやかな態度でお食事も少食のはずの王妃さまがティアさまに負けじと口に含み、あっけに取られるわたしに忠告して来た。
「あなたも見たでしょう? アリーズ。遠慮してるとここにある料理を全部、ティアに食べられてしまうわよ」
さあ。食べなさい。と、王妃さまに鬼気迫る様子で言われたわたしは大人しくそれに従うことにした。目の前のエドが気になって内心、それどころではなかったけれど。
「エドバルト。あなたそう言えばお相手はどうしたの? 気にいったのではなかった?」
「いいえ」
「なぜ? この母が見繕った娘達なのよ。綺麗どころがいっぱいだったでしょう? 閨には順番で顔を出したはずだけど?」
こともなげにティアさまが会話に持ち出してきた内容はわたしの心を傷付けた。王妃さまはそれに気が付いたのかわたしの肩を抱いた。
「皆さま確かに美しいお方でしたが俺の顔を見るなり失望されて帰られましたよ。混じり者はお気に召さないようです」
「それは嘘ね。あなたが拒んで部屋に入れなかったと報告は上がってるわ」
「母さん」
「あなたも嘘が上手ではないわね。そんなところはお父さんにそっくりよ」
ティアさまの指摘になぜかうん。うん。と、王妃さまが頷く。
「あなたがたは優し過ぎるの。相手のことを思って身を引いてしまう。それが必ずしも相手にとって望んだ結果にはならないってことを学ばなくてはいけないわ。エドバルト」
「母さん」
「もう分かってるのでしょう? エドバルト。あなたが心底惚れてる相手を伴侶になさい。わたしはもう反対しないわ」
ティアさまはエドを見てからわたしにも笑いかけてきた。
「この子は気が利かないから寂しい思いをさせてしまったわね。アリー。この子のこと宜しくね」
「じゃあ、ティア。わたくしの提案を受け入れてくれるのね?」
「仕方ないもの。あなたがたの一生に合わせてあげるわ」
「大好きよ。ティア」
席を立ち上がったティアさまに続いて王妃さまも立ち上がる。ティアさまの側に歩み寄ると彼女を抱きしめた。先ほどまで衝突していたのが嘘のようだ。でもわたしは王妃さまがティアさまを紹介してくれたときに親友だと言っていたのを思い出した。ふたりはきっと気兼ねなく何でも言い合える仲なのかもしれない。そう思うとふたりが羨ましく思えた。
わたしにもそんな人がいたら。と、考えた時にヴィルジニアのことが頭に浮かんだ。彼女とこんな風にうち溶け合えたならいいなと思う。
「ディン。あなたのお願いにわたしは弱いもの。でも時々あのお方をお借りしようかしら? じゃないとなんだかわたしだけ損してる気分だわ」
「お安い御用よ。いくらでも貸し出すわ。ティアなら大歓迎よ。あのお方も喜ぶしね。なんならこのまま後宮に来る? あなたのお部屋は当時のままの形で残してあるわ」
「そうね、気が向いたらね」
そう言うなりティアさまの姿が縮んだ。驚いて立ち上がりかけたわたしの視界に入ったものは白金の毛を持つ狐の姿で、驚愕するわたしに狐は微笑一つ残して立ち去って行った。
残された王妃さまは振り返った。そしていきなりエドの核心をつくことを言ってきた。
「エドガー。あなたアリーズのことをどう思ってるの? 正直におっしゃい」
「まだ本人にも伝えてないことを王妃さまに言うのは気が引けます」
「ではきちんとアリーズとお話なさい。でもアリーズを泣かせるようなことをしたらいくらティアの息子であろうとも許さないわよ。アリーズはわたくしの娘のようなものですからね」
「肝に銘じます」
王妃さまはエドの言葉に頷いてこの場にわたしと彼を残し行ってしまった。




