38話・彼との再会
「わたしね、あなたに一度会ってみたかったのよ。アリーズさん。わたしもあなたのことアリーと呼んでも構わないかしら?」
「はい…?」
「まあ。いいの? 嬉しいわ」
いきなり愛称呼びを求められたことに驚いたわたしは戸惑いを隠せなかった。それを彼女は良い様に受け取ったようだ。初対面のわたしに対してティアさまは気さく過ぎた。見た目が儚げ美人なだけにこんなにも食欲…いや、気力に溢れた御方とは思いもしなかった。見た目とのギャップが大き過ぎやしないだろうか?
なんとも言えない思いでいると彼女はさらに驚くことを告げてきた。
「あなたとは近いうちに嫁と姑の仲になるかも知れないのですもの。仲良くしたいわ」
「…!」
思わず隣の王妃さまを見てしまった。もしかしたらこの場はわたしの見合いの為に用意されたお茶会だったのかと思って。この国では十四歳で社交界デビューして二、三年のうちに婚姻するのが当たり前とされている。二十歳のわたしはその流れから見ればいかに社交界で薔薇の妖精ともてはやされていようと結婚適齢期を過ぎた女。結婚を打診してくる方々はわたしと同世代でまだ結婚に至らない男性ばかりでなかには性格も顔の良い方もいるにはいたが、わたしの心に住む彼を超えるような男性は現れなかった。
王妃さまはそんなわたしをジグモンドのせいで婚期を逃してしまったと責任を感じていらっしゃるのだろうか? それでご自分の親しい友人の息子さんとわたしを婚姻させようと?
わたしは不安に思えて来た。こちらのティアさまについてわたしは何も知らないけど、もし王妃さまがこの話を推しすすめたとしたらわたしには拒めないのだ。
一介の伯爵令嬢に過ぎないわたしがこのように王妃さまと個人的に親しくさせて頂いてるのは身に余る光栄だということは良く分かっている。それだけに王妃さまのご意向に逆らえないことも重々知っている。
「反則よ。ティア。勝手に話を推し進めないで。アリーズにはわたくしから話をしようと思っていたのよ」
「まどろっこしいのはわたし嫌いだわ。この国の貴族風っていうの? そんなルールに従って生きるのは窮屈だし。わたしはアリーが気に入ったわ。だから息子のお嫁さんになるのは反対しないわ」
ティアさまの発言でやっぱりお見合いだったんだ。と、わたしは落胆を覚えた。そろそろ身を固める時期が来たということか。心の中に住む彼への想いは消えることなくより一層咲き続けていると言うのに。
貴族の子女に生まれたからには避けて通れない道か…と、ため息が出そうになった。当事者のわたしを置いて話は王妃さまとティアさまとの間で進む。
「まずはその前にティアにお願いがあるの」
「ディン。何かしら? 改まって」
「わたくしがアリーズをあなたに会わせた理由は分かっているでしょう? あの子をわたくしにくれないかしら? お願いよティア」
「そんなあの子を物みたいに。でもそうね、あなたのそんな何でも率直に言うところは気にいってるのよ。どうしようかしらね? あの子にはそろそろわたしの後を引き継がせたいと思ってるのだけど?」
「貴女から見れば人間の一生なんてほんの一瞬なんでしょう? だったら人間の一生分だけでもいい。あなたの息子を貸して頂戴」
「あなたはどこまでも傲慢な女性ね。わたしから愛する男性を奪った上に子供まで欲すると言うの?」
ティアさまはそれまでの柔和な顔付きから険しいものへと様子を変えていた。わたしはそれまでの和やかな雰囲気が一転して内心冷や冷やした。美人を怒らせると迫力が増すのだと初めて知った。
ふたりの間には容易に口を挟めない雰囲気があった。
「ごめんなさい。ティア。これは引けないわ。わたくしの我がままよ。でもこの国の為には必要なことなの。わたくしはこの国の王妃として次の王にはあなたの息子が相応しいと考えてるわ。あの子には王の血が流れてる」
「ディン」
ふたりは黙って見つめ合う。わたしはティアさまや王妃さまの顔を交互に見て今二人の間で交わされた言葉が重要な意味を持つことに気がついた。
王妃さまはティアさまのお子を次の王にすべく欲しがっている。陛下の血を引くからという理由で。一方ティアさまは愛する男性を奪われた上に子供まで取り上げる気なのかと王妃さまに盾ついていた。
そこから見えてきたふたりの関係はわたしの前世の知識で説明するなら陛下を挟んで三角関係とでも言うべきか。早い話が正妃と側室の争いなのだろう。
あれ? じゃあ二人は親しい仲ではないの?
わたしは青ざめた。そこに一人の男性の声が飛び込んで来た。
「母さん。捜しました。勝手に神殿を抜け出してどこに行ったのかと思えば…」
中庭の遊歩道から姿を見せた白金の髪の男性がこちらに向かって歩いてくる。その姿を確認してわたしは瞠目した。
「え…ど?」
「…アリー?」
久しぶりに再会した彼はわたしを見て動きを止めた。互いに見つめ合っていた王妃さまとティアさまは逆に動き出した。
「さあ。そんなところに立っていないでエドバルト、こちらへいらっしゃい」
「そうよ。一緒にお食事しましょう」
先ほどまで剣呑としていた空気がエドの登場により和らいだ。エドは王妃さまに促されてティアさまの隣に腰掛けた。丁度わたしの向かいの席となる。ティアさまは彼の母親だったらしい。二重の意味でわたしは驚いた。




