37話・王妃さまの親友は食いしん坊
「おはよう。ベン爺」
「おはようございます。お嬢さま」
翌日。嵐が去った後、庭師のベン爺が後片付けに追われていた。わたしはその彼にベランダから声をかけた。朝から大声をあげるなんて令嬢としては好まれない態度だけどここは王宮ではないし、屋敷に仕える者たちはそんなわたしの態度を見咎めることもなく容認している。
「昨日は凄い風だったわね」
「はい。屋敷がミシミシ言ってましたな。お嬢さまは寝れましたか?」
「なんとか寝れたわ」
そう言いつつ、わたしは視界の端でちらちら移りこむ輝きの存在に気がついた。ベン爺のいる場所の後ろの方にある茂みから白金色が見えた。
「…コ‥ン?」
思わず声をあげたわたしに反応するようにそれはひょっこり顔を出しわたしと目が合った。白金色の毛をした狐がこちらを見ていた。
「コン!」
わたしは部屋を飛び出し玄関からベン爺のもとへと急いだ。
「お嬢さま? どうなさいました?」
「コ。コンは…? どこ?」
「コンとは? 以前、お嬢さまが保護されていた狐でしたかな?」
「そうよ。いまベン爺の後ろにいたの」
わたしはきょろきょろと辺りを見回した。なのにそこに思い描く狐の姿はなかった。期待外れに終わってわたしはベン爺からの同情の目をもらいながらうな垂れた。
その日の昼下がりのこと。わたしは王妃さまのお招きにより王宮に顔を出した。王妃さまにお会いするのは実に久しぶりだ。わたしは馬車を降りて驚いた。王妃さまが出迎えに来ていたのだ。
「王妃さま」
「待ちかねてあなたを迎えに来てしまったわ。会いたかったわ。アリーズ。久しぶりね。あなたまあ、少しやつれたかしら?」
「お久しぶりです。王妃さま。最近、編み物を夢中になってしていたので寝不足になってしまっていたようです。そんなにやつれたように感じられますか?」
「あなたが元気なら問題ないわ。編み物ってもしかしたらダニエルのところの?」
「はい。ヴィルジニアに出産のお祝いとして贈ろうと今から編んでいるのです」
「そうだったの。でもあまり根をつめては駄目よ」
「はい。王妃さま。何だか夜寝れなくなって来たので編み物をしてると気が紛れるのです」
「いけない子ね。夜更かしは淑女のお肌の敵よ」
「以後気をつけます」
「まあ」
王妃さまと談笑をしながら連れて行かれたのは中庭にある東屋だった。
「今日はね、ぜひアリーズに紹介したい女性がいるのよ」
「どなたですか?」
「わたくしの無二の親友のティアよ。あなたとは初対面になるかと思うのだけど」
王妃さまは昨晩、急にそのお友達が自分のもとを訪れて来たのだと言った。その王妃さまと一緒に東屋のなかに入ってわたしは目を見張った。
「彼女がわたくしの親友ティアよ。ティア、こちらがわたくしの自慢の娘アリーズよ」
東屋のなかでは一人の美しい女性が待っていてわたしは不思議な感覚を覚えた。王妃さまから紹介を受けたティアという女性とは初対面なはずなのに彼女と目が合った時に初めて会った気がしなかった。
ティアさまは白金の髪を結い上げ髪飾りに薔薇の花を挿していた。金の瞳はどこか神秘的で見惚れてしまうぐらい魅力的だ。
王妃さまもかなりの美女で凛とした輝きを放っているのに対し、こちらのティアさまは王妃さまとは対照的に儚げな印象を抱かせる容姿の持ち主だった。
わたしは王妃さまからの紹介を受け相手に失礼のないように膝を折ってドレスの裾を掴み深く一礼をして挨拶を交わした。それは王妃さまの徹底した王太子妃教育の賜物だ。わたしの挨拶に王妃さまは満足したように頷き、ティアと名乗った女性は顔を綻ばせた。
「薔薇の花の精のように愛らしい子ね。しっかりしてるようだしあなたが推すだけの事はあるわね。ディン」
王妃さまの名前はエーディンと言う。王妃さまをディンと愛称で呼んでることからしてこの女性は王妃さまと相当仲が親しいのだと知れた。しかし、わたしは幼い時から王妃さまのお側に置いて頂いていたので王妃さまの交流関係は熟知してるように思っていたがそれは驕りだったらしい。ティアという女性には心当たりはなかった。
「さあ。席について。アリーズあなたはわたくしの隣ね」
テーブルの上には簡単に摘めるサンドイッチやスコーンを始め、牛肉のステーキやスープスパゲッティーや白身魚を蒸したものや、高級きのこと牡蠣のスープ、サラダ、カットフルーツが三人分用意されていた。女官達が運んできたばかりなのだろう。料理からは湯気があがり美味しそうな匂いがしていた。
王妃さまは生き生きとした様子でお茶を入れ始めた。わたし達三人分のお茶をいれるとそれぞれの前に置く。普段はそういうことは女官がしてくれるものなのでこの場に一人も女官がいないことに不審を覚えると王妃さまは言った。
「今日はね、ふたりと気兼ねなく会話を楽しみたかったから人払いしたの。お食事はすでにテーブルの上に用意してあるからどうぞ召し上がれ」
目の前のお料理はどれも美味しそうだ。何から手をつけようかと思案してると隣の王妃さまのお皿からステーキ肉が移動し、向かいの席に座るティアさまのお皿のなかではなくてお口に消えた。気のせいだろうか? 上品そうな口元に不釣合いな大きなお肉が飲みこまれ消えて行く。お肉って飲み物じゃないよね?
「ティア。お行儀が悪いわよ」
「いいじゃない? どうせディンは残すつもりだったのでしょう? だったらわたしが食べても問題ないと思うけど?」
王妃さまがティアさまを呆れたように見ていた。ティアさまは平然としている。わたしは自分がいま目にしたものが信じられなかった。あの小さなお口であんな大きな肉をどうやって? 王妃さまはまだお肉を切り分けても無かった。その固まり肉を目の前の儚げな存在の美女がぱくりと頬張り食べてみせたのだから。
つい、頬を摘んで確かめたくなる。でも夢ではなさそうだ。その証拠に王妃さまがティアさまを注意してるし。本人はいたって気にしてなさそうでそんなに怒ると皺が増えるわよ。ディン。と、受け流していた。
わたしと目が合った王妃さまは苦笑いを浮かべた。
「驚かせてごめんなさいね。アリーズ。ティアはいつもこうなのよ。自分の好物には目がないからなんだかんだ理由をつけて他人の分まで食べてしまうのよ。あなたも迷ってるとティアに食べられてしまうわよ。こう見えてティアは食いしん坊だからお気をつけなさい」
目の前のティアさまはふふふ。と、狡猾に笑っていた。なんだかそれが誰かに似てるような気もするのだが思い出せなくてあたしは気になって仕方なかった。




