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35話・こうしてわたしのリベンジは終わった

「アリーズ…?」

「お二方とも調子が良いですわ。この四年間、アリーズさまはどれだけ悩まれたと思いますの?」


 今まで大人しかったわたしが蹴るだなんてふたりは思いもしなかったのだろう。驚く彼らにヴィルジニアがわたしに代わって冷たく言い捨てた。

 ふたりは助けを求めるように陛下を始め、王妃さまや父やダニエルと視界を彷徨わせたが誰もが残念な表情を浮かべていた。

 それでもめげずにジグモンドは言ってのけた。


「父上。アリーズとの婚約破棄は撤回させて下さい。父上もお分かりでしょうが私はあの女に騙されていたのです。私は今回の件でアリーズがいかに自分にとって大切な存在だったかと気付かされました。

アリーズを愛しているのです。どうか彼女との仲を認めて下さい。そして私の王籍を抜くことももう一度考え直して頂けないでしょうか? もう一度、機会が欲しいのです。アリーズを彼女を悲しませた分、償わせてもらいたいのです。どうか御慈悲を」


 ジグモンドはわたしとやり直す機会をもう一度下さいと陛下に懇願していた。わたしにとっては迷惑でしかないもので陛下からどうするね? と、目で問われたわたしは横に首を振った。

 それを見ていた王妃さまが言った。


「残念だけどジグモンド。アリーズの方にはあなたとやり直す気は全然ないみたいよ」

「アリーズ。頼む。もう一度だけチャンスをくれ」


 ジグモンドがわたしの手を握ってくる。それを振り払ってわたしは告げた。わたしの態度は不敬に当たるかもしれないが構ってなどいられなかった。


「殿下はもし自分を裏切った人物がもう一度だけチャンスをくれと言ったなら許せますか?」

「ああ。許すとも。機会を与えて様子を見る」

「殿下は他人に対して甘くお優しいお方なのですね。おみそれ致しました。わたくしには到底無理ですわ。一度裏切ったお方が二度裏切らないという保障はありませんもの。側にいればいるほど言動が気になって疑ってかかることでしょう」

「ではどうしたらそなたの気が済む? なんでもするから許してくれ。アリーズ」


 殿下は甘かった。こんな男に一時でも好意を抱いていた自分が情けなかった。わたしの嫌味にも気が付かず不快に思うわたしの気持ちなど慮る様子もなく、自分の罪悪感から逃れたいが為に謝ってるようにも思われるジグモンドの態度が気に障った。

 一度離れた気持ちがそう簡単に戻るとでも思ってるんだろうか? 本気でそう思うならお目出度い男だ。

 いや、軽いと言うべきか?

 最近まであの尻軽女の言葉に乗せられてこの国の害悪としてわたしを断罪しようとしていたのはどこの誰だよ。と、言いたくなる。陛下たちが殿下の言葉を鵜呑みにせずにわたしを信じて庇って下さらなければわたしは運悪く死刑にされていたかも知れないのだ。わたしの死を願っていた殿下がわたしの姿が元に戻ったからと言って掌返したように態度を変えたことがまたわたしにとっては気に食わなかった。

 わたしは殿下を見据えた。


「お優しいジグモンド殿下。ではあなたさまのその優しさでフロアさまも許して差し上げると良いですわ。わたしとの婚約を破棄してまでも彼女との結婚を望んだあなたさまですもの。彼女のお腹にいる子が自分の子でないとしてもあなたさまなら償う機会を与え、愛せるのでしょうから。寛大なジグモンド殿下。ぜひそうなさいませ」

「そんな事できるものか。私が愛してるのはアリーズそなたなんだから。そなたが私を恨むのは当然だとは思う。あの日から私はそなたに酷いことをして来た自覚はある。でもそれはあの女の罠だったんだ。私はそなたを愛してる。信じてくれ」

「軽々しく愛などと言わないで下さい。あなたさまが愛してたのはフロアさまです。わたしなどではありません」

「あの女はきみの髪色と瞳の色で私の心をとりこにした。つまりは私はそなたにずっと惹かれていたということだ」


 殿下はフロアがわたしの髪や瞳の色を持っていたから惹かれてしまったのだと苦しい言い訳をしていた。そこにわたしの心を打つような要素は何もなく、彼の言葉を聞けば聞くほどわたしの心は吹雪くばかりだ。


「錯覚です。それは何かの間違いですわ」

「違う。私はそなたを…」

「あなたさまはおっしゃいましたね? わたしは夜な夜な男を漁りに下町に繰り出し金品と引き替えに男と寝るあさましい女で怪しげな術を用いる魔女。そして人の目を欺き国に災難を呼び込む。わたしの髪や瞳の色が変わったのは罪深く心根が穢れているからだと。この女はこの国に災いをもたらす悪女だと。黒魔女だと。だから一刻も早く断罪した方が良い。と」

「あれは勘違いで…」


 わたしの指摘に殿下の顔色が悪くなった。この言葉は陛下に婚約破棄の一件で呼び出された時に陛下からなぜわたしを邪険にしてきたのかと問われた殿下がでっちあげたものだ。娼婦。悪女。魔女。

 聞けば聞くほど不愉快になる言葉でわたしを侮辱してくれたのはあなたでしたよね? 簡単に許せるはずもない。


「アリーズを断罪ですと?」

「殿下。それはどういうことです?」

「最低ですわ。アリーズさまによくもそのようなことを…」


 わたしの告白に父や兄、ヴィルジニアが騒然とした。彼らは殿下がわたしを断罪しようとしていたことを知らされていなかった。殿下が離宮に監禁されたのはあくまでも陛下の許可なくわたしとの婚約破棄を言い出したせいとされ、しばらく頭を冷やすようにと閉じ込められていたのだと皆が思っていた。

 それがわたしが口にしたことでそこまで酷い暴言を吐いていたことが明らかになった。父としてはわたしがまだ殿下に未練があり殿下が心を入れ替えてくれるのなら成り行きを見守ろうと思っていたようだったのにわたしが断罪されようとしていたと知り殿下を睨み付けた。


「殿下。もうアリーズのことはお諦め下さい。もうこの子をこれ以上、傷つけるようなことはお止め下さい」

「侍従長。違う。違うのだ。これは。あの時の私はどうかしていたんだ」


 もはやどう取り繕っても殿下はどうにもならなかった。殿下の唯一の味方であったダニエルやアデマールさえ、そんなに酷いことをわたしに言ったのかと冷たい視線を投げていた。

 アデマールやダニエルはあの女に夢中になってはいてもそこまでにわたしのことを憎らしく中傷したりはしなかった。

 わたしは壇上の陛下を見上げた。


「陛下。わたくしはこの度の婚約破棄の件、有難くお受けいたします」

「アリーズ」


 わたしの脇から悲痛な声が上がったが気にもならなかった。それよりもわたしはエドの功績を称えるべく陛下に持ちかけた。


「わたくしはこちらのシェルプト辺境伯さまのおかげで数年前に失ったわたしの色を取り戻すことが出来ました。今更、殿下からの謝罪などもういりません。殿下に求めることといえば社交界で不当に貶められたわたくしの名誉の回復をお願い致します」

「シェルプト辺境伯。ご苦労だった。貴殿の働きに感謝する。ジグモンド。そなたはまずはアリーズの名誉回復に努めるように」


 有難き幸せ。と、エドが畏まる脇でジグモンドはしょぼくれていた。腹違いとはいえ兄弟にしてこんなにも差が出るとは。と、このときわたしは傍観していたが王妃さまがある思いを抱えこの場を静観していたとは思いもしなかった。

 陛下より退出を余儀なくされたわたしはこの場を去る際に感慨深く元許婚となったジグモンド殿下を振り返った。


「ジグモンド殿下。今までお世話になりました。今後お会いすることもないでしょうがどうぞお元気で」

「アリーズ、待って…!」

「では参りましょうか? アリーズ嬢」


 わたしは元許婚となった殿下に笑顔で餞の言葉を送った。追いすがる殿下を袖にし、立つ鳥あとを濁さずというが去り際も綺麗に可憐に心がけたわたしはエドのエスコートでジグモンドの前から軽やかに退場した。

 こうしてわたしのリベンジは静かに幕を下ろした。

 あの日、エドにリベンジを持ち掛けられなかったらわたしは今も卑屈な思いを抱えて暮らしていた事だろう。殿下に振り回されて鬱屈していた思いもこれで綺麗に昇華された気がする。殿下の許婚という縛りから外れたわたしの心は見上げた空のようにどこまでも青く澄み切っていた。


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