30話・あなたのキューンではありません。わたしのコンです
一匹と一人で朝食を取っていると、コンコンっとノック音がしてこちらがそれに誰何の声を上げる間もなく入室して来た人がいた。
「まあ! キューン。こんなところにいたの?」
亜麻色の髪の害悪がコンを見て走り寄って来る。コンはわたしの膝へと避難した。わたしはせっかくの朝食が彼女の登場でまずいものに感じられて来た。
何しに来た? と、彼女を睨むとフロア王女は悪気もない態度で言ってきた。
「いきなり朝から何の御用でしょうか? フロア王女さま」
「いまそこで侍女たちからアリーズが狐と一緒にいると聞いたの。もしかしたらわたくしのキューンではないかと思って」
「この子はコンですからあなたさまのキューンとは違うと思いますわ」
「そんなことないわ。この円らな瞳にその白金の見事な毛。わたくしのキューンに間違いないわ」
フロアが触れてこようとするのをコンは首を振って避け、うなり声を上げた。
「ではそのあなたさまが飼っていたと言われるキューンには何か飼っていた証拠でもありますか?」
「証拠? そうね。首輪をつけていたわ。革のチョーカーだけど表面がビロードで出来た物を。それに反射鏡がついていたはずよ」
わたしはエドが嵐の晩にわたしの部屋を訪れた際、首に付けられていたものが首輪ではなくてチョーカーだったのかと知った。
「反射鏡ですか? ペットに付けるにしてはいささか物騒なものに思われますね?」
「わたくしのお守りをキューンに付けていたのよ。あなたさては勝手に取ったんでしょう? 返してよ。キューンはわたくしのものなのよ」
淡々と応じるわたしに苛立つようにフロアが声を荒げる。マーナは黙ってわたし達の様子を見ていた。そこへ兄がやって来た。
「どうしたんだい? フロア。急に駆け出すから何事かと思えば?」
「このアリーズがわたくしのキューンを自分のだと言い張って返さないの」
「なんだって?」
兄が険しい目をわたしに向けてきた。わたしは怯むことなく兄を見返す。わたしはコンを自分のだと言った覚えはない。彼女のキューンについて訊ねただけなのにどうしたらそう湾曲した受け取り方になるのだか? 頭が痛くなって来る。
「アリーズ。フロアがそう言ってるんだ。その狐を返してあげなさい」
「嫌です」
「アリーズ。その狐はどうした? 前からうちで飼っていた訳ではないだろう?」
そこを突かれると痛い。フロアがそら見ろ。と、言いたげに口角を上げていた。わたしは言い張った。
「この狐コンはお預かりものなのです。容易に人さまに貸し出しなんて出来ません」
「ひどいわ。わたくしがキューンの飼い主なのに。一体誰から借りたと言うのぉ?」
頭が軽そうな発言にイラつくがわたしはほくそ笑んだ。ある方の名前を使うことにしたのだ。彼女はそのお方がトラウマになってるような素振りでいるからそのお方の名前を出せば無理強い出来るはずもない。
「王妃さまですわ。確認されてもいいですよ。マロー侯爵さまが証人になって下さるはずですから。今すぐ王宮に確認の遣いを出しましょうか?」
「けっ。結構よ。よく見ればわたくしのキューンとはちょっと違うみたい。気のせいだったわ。あはっ。間違えちゃったみたい」
王妃さまのことを出されてゲッとフロアは仰け反った。わたしの強気の発言にフロアはしおらしくごめんなさいね。と、引き下がる。
「狐って見分けつかないよね? 間違えても無理はないさ。さあ、フロア。街に買い物に行こう。今日はきみの言ってたマダムドーラの店で香水とドレスを購入しよう」
「まあ。嬉しい。アデマール。大好きよ」
兄は拙いフォローをしフロアに外出しようと勧めた。機嫌良くなった彼女は兄に腕を絡め、わたしに狐の件で言いよっていたことも忘れたように二人で退出して行った。
「朝から騒がしいお方ですね?」
「本当にね」
わたしはマーナと顔見合わせた。そのわたしの膝の上ではコンがうな垂れていた。




