28話・蕩けるように甘い夜
「エド。もう寝ちゃったの?」
「いいや。起きてる」
柔らかな毛に触れて背を撫でると細められた瞳が開いて返事を返してきた。エドはうたた寝をしていたらしく体を起こしてその場にちょこんと腰をつけて座る。それがまた愛らしかった。
「あれからどうだ。あの尻軽王女殿下は?」
「お兄さまにぴったりくっついて離れないわ。粘着テープみたいにね」
「凄いな。執念か?」
「そうかもね。他の取り巻き男性達は離れて行ったみたいだもの。お兄さましか後には残らなかったんでしょうね」
「残り物には福があると言うが…」
「とんだ厄が付いて来たわ。厄落とししないと」
わたしの辛辣な言葉にそりゃあいい。と、エドが笑う。わたしはエドの方はどうなっているのか気になっていた。
「エドはどうだったの?」
「あの王女をここに足止めしてくれたおかげで調べることが出来た。あの女、とんだ食わせ者だったぞ。王女なんかじゃなかった」
エドは帰り際、アデマールに連れられて姿を見せた王女を見た時わたしにあの女を引き止めて置いてくれないか? と、ふたりに聞こえないように小声で囁いてきた。引き止めなくとも結局アデマールが勝手に王女をお預かりしてしまったのだけれど。結果はオーライだったようで。エドの告白にわたしは驚いた。
「えっ? ギタ国の王女ではなかったの? 騙ってたの?」
「ギタ国なんて存在しないんだ。そればかりか大変なことを企てていたぞ。後に明らかにするけどな」
確かにあの王女はどこかおかしかった。一国の王女にしては頼りない物言いだったし、異性に対して媚び慣れているというか、王女にしては気品がなさ過ぎた。それにしても王女だと騙っていただなんて。
王太子妃教育で各国について勉強していたわたしが分からないのも当たり前だ。そんな国、始めからなかったのだから。道理で外交官であるマロー侯爵も知らなかったわけだ。
「もしかしてマロー侯爵がそのことを?」
「ああ。爺があの後、気になって調べてくれたらしい。俺は忍び込んだ先である者たちの会話から知ってしまったことだけどな」
「また危ないことしてきたのね? だから狐のコンになってたの?」
「この姿だと相手の警戒が緩むんだ。忍び込んでもまず間諜だと疑われることはない」
「それでもこの間みたいに首に魔法具を付けられてしまう場合もあるのでしょう?」
「大丈夫だ。必ずおまえのもとに帰ってくる」
捕らわれたりしたら安心ならない。不安を訴えたわたしの膝に前足をかけてエドは円らな瞳で見上げてきた。うわあ。ずるい。そんな顔されたら何でも許してしまいそうだ。
「あれはあの偽者王女が魔法具と知らずに俺の首にかけたんだ。俺を自分のペットにしようとしてな。まあ、今頃は必死にあの首輪を探してるみたいだぞ。そろそろ効果が切れるみたいだから」
「効果?」
「宰相が実は魔法省のある職員を買収してあの首輪を作らせたんだ。あれのおかげで王女はあの見目になれたから元の姿になったら困るだろうな」
「…?」
「いまは分からなくてもいい。後に嫌でも明らかになるからな」
エドは毛づくろいを始めた。それ以上、彼は話す気はなさそうだ。わたしは黙ってそれを見ていたがベッドのなかへと入り込もうとするエドを見て慌てた。
「エド。帰らないの?」
「ん。眠い。泊まって行く」
「泊まっていくって…」
「さ。寝るぞ」
布団のなかにもぐりこんだエドの周辺が大きく盛り上がる。どうやら布団のなかで元の姿に戻ったらしい。布団のなかから伸びてきた腕がわたしの腰を引き、わたしは布団のなかに引きずりこまれた。
「きゃっ…!」
わたしはエドの腕の中に囲いこまれ真剣な表情をしたエドに見下ろされていた。飴色した瞳がわたしを蕩かしそうな笑みを浮かべて見つめてくる。
「俺がつけたキスマーク。消えてしまったな」
エドの指で鎖骨の辺りを触れられるとくすぐったかった。再び彼の顔がわたしの胸元に落ちてきて焦りを覚える。彼に見惚れていたら寝巻きが肩までずり下げられていた。
「あ。だめ。だめ。だめぇったら」
わたしは彼がしそうなことが容易に想像出来て拒んだ。また痕を付けられたなら明日の朝、マーナに何を言われるか堪ったものじゃない。
「じゃあさ、痕を残さないから少しだけ味見させて?」
「へぇ…? ん、ん…!」
エドに唇を奪われてそのキスに応える形となったわたしは、彼の背に腕を回しかけて気が付いた。
「なんでエド。服着てないの?」
その答えは翌朝教えてもらうことになる。寝入るまでわたしは蕩けるように甘い夜を過ごしたのだった。




