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26話・屑殿下を骨抜きにした王女

 翌朝。わたしは普段とは違って憂鬱な朝を迎えていた。原因は食堂で顔を合わせた尻軽王女の発言だ。アデマールが朝の挨拶と共に昨晩はよく眠れたかい? と、声をかけたことに対しフロア王女は首を横に振った。


「昨晩は寝れなかったわ。王妃さまのことが気になって気になって。一人で寝てると余計なことを考えて怖くなるの? どうしたらいい? アデマール」

「可哀相に。よっぽどきみは追い詰められているんだね」

「お願い。アデマール。わたくしの側にいて。心細いの。この屋敷は初めてで勝手が分からないし」

「分かった。今日は出仕を見合わせるよ。きみの側にいる」

「ありがとう。アデマール。でもいいのかしら? そんなことをして?」


 わたしは胸がむかむかして来た。マジか? 兄よ。仕事よりもそんな尻軽女を選ぶのか?

わたしは思い直してもらおうと口を挟んだが無理だった。


「お兄さま。今日は出仕されないのですか?」

「ああ。フロアがこんなに憔悴してるのに放ってはいけないよ」

「優しいのね。アデマール」

「だって皆薄情だからさ。あんなにも殿下やダニエルはきみにちやほやしてたくせに王妃さまに注意されたのかきみから距離を取るようになってさ。あんまりだよ」


 私はきみを見放さないからね。安心して良いよ。なんてフロア王女の手を握って言ってるけどそんなこと言って良いの? お兄さま。あなたのおつむが心配ですわよ。わたくしは。

 殿下やダニエルがフロア王女から距離を取り始めたということは彼らは王女に対し不審を抱き始めたということだろう。騙されていたことに気が付いたに違いない。

 わたしが観察してる前でフロア王女はアデマールに手を引かれ立ち上がっていた。


「まだ気分が優れないのだろう? ゆっくり休むがいいよ。私がついてる」

「アデマール。今日は一緒にいてね」

「ああ。きみが望むまで側にいる」


 アデマールは妹のわたしが目に入らないくらいフロア王女に心酔していた。王女はドアの前で一度振り返りわたしを注視した。


「ではお先するわね? アリーズ」


 彼女は口元に笑みをたたえて食堂から出て行った。


「なんですの? あれは?」


 壁際で黙ってふたりのやり取りを見ていたマーナが不満を漏らすと他の侍女達もブツクサ言い始めた。


「ギタ国の王女だかなんだか知りませんが我が物顔で失礼ですよね。なにが勝手が分からないですか? 部屋のカーテンや絨毯の色が気に入らないと言ってお部屋の模様替えをさせられたばかりなんですよ。それなのに寝れなかっただなんて」

「お風呂だって薔薇の花を浮かべた湯ではないと絶対入らないと言われて用意したのにもかかわらず、入る気が失せたからまた後で用意しろって言われたわ」

「お茶を入れたらまずいと言われてカップを投げつけられたし、ここの家の者は気が利かないわねって言われました」

「髪を梳かしてたら痛い。と、騒がれて駆けつけたアデマールさまから叱責されるし」

「朝食は気分が悪いから食堂にはいかない。部屋に食事を用意して。と、言われて用意してたのにアデマールさまが食堂に行こうと誘われたらころりと態度を変えて今度は食堂で食べるわですって。それで食事の支度が遅れたのにアデマールさまにはわたし達の手際が悪いせいにされてしまったわ」


 わたしは侍女たちに申し訳なく思った。けして我が家の使用人が愚鈍なわけではない。我が家の侍女達は大変優秀なのだ。訪問客の方々から侍従長宅の使用人は気遣いが素晴らしいと褒められてうちに来ないかね? と、頻繁にスカウトされている。皆、そのお誘いを丁寧にお断りして仕えてくれている忠義者ばかりなのである。そんな彼女たちに不満などありはしない。それなのにあの王女はこれ以上、何を求めているんだか。ちっとも分からない。媚びろとでも言いたいのか? 気分次第で使用人に当るのは止めてもらいたい。と、切に思う。

 アデマールは競走馬が消えて自分が有利と思って甲斐甲斐しく王女の世話を焼いてるのかもしれないが、わたしは取り巻きを失った王女が残り物の兄で手を打ったように思えてならない。


「迷惑かけるわね。みんな。ごめんなさい」

「アリーズさまが謝られることではありませんよ。アデマールさまが勝手にあのお方をお連れになったのが悪いのですから」

「そうですよ。旦那さまがお留守なのを利用して。アデマールさまは相当に惚れこんでるみたいですね」

「あの王女ですわよね? 屑殿下を骨抜きにしたという悪女は?」

「みな滅多なことを口にしてはいけないわ」

「でも。許せないですよ。あのでかい態度も頂けませんが、特にあの王女の髪の色や瞳の色を見てたらムカムカします」

「マーナ」

「すいません。何かムカつくので」


 マーナはわたしが制止すると口を噤んだ。他の侍女達もそうだ。そうだ。と、同意する。

 わたしにも皆の気持ちは良く分かる。その場にいるだけで毒をまき散らかしてるような女だ。誰も好意など抱かないだろう。でも馬鹿な男どもはあんな女に靡いてしまうのだから不思議なものである。


「みなわたしの前ではいいけどお兄さまやあの王女殿下の前では滅多なことを言わないでね。王妃さまにご連絡して早々に王女殿下はお引取り願うから。それまであともう少しだけ辛抱してくれる?」


 わたしはため息しか漏れなかった。



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