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25話・我が家に尻軽王女がやってきた!

 エドと仲直りをし彼が帰るのを見送ろうとホールに出て来ると、そこへ兄のアデマールがひとりの女性を伴なって帰って来た。それを見てエドがわたしの耳元で囁いた。その言葉はあることをわたしにお願いしたもので頼まれたわたしは困惑した。


「アリーズ。今帰ったよ」

「お帰りなさいませ。お兄さま」


 わたしとアデマールは仲の良い兄妹であったけど、わたしが前世を思い出してから兄に対する態度を変えたので微妙な関係に変わった。それまで警戒なく兄にべたべた状態であったわたしは一線を引くようになったのだ。兄に声をかけられる度に、前世で彼がわたしのことを力士やデブスと呼んで蔑んできた過去が思い出されて平静ではいられなくなった。

 兄はわたしの心の中の葛藤など露知らず、兄はわたしの態度が一転した理由が思春期に入ったので異性の兄に対する照れ隠しのようなものなのだろうと受け止めているらしかった。


「アリーズ。そちらの方は…?」


 アデマールがエドを見て眉根を寄せた途端、兄の背後からひょこっと亜麻色の髪の女性が顔を覗かせた。


「まああ。シェルプト辺境伯さまではありませんか? なぜこちらに?」

「こちらのご令嬢のアリーズさまを訪ねてきたところです。フロア王女殿下」


 わたしは兄が連れて来た女性の素性をなんとなく察してはいたがエドの言葉でやっぱりと思った。フロア王女はわたしを頭の先から足先までじろじろ見た。


「今度はぜひ、わたくしのもとへも訪ねて来て頂きたいわ。この間のお返事を聞かせて欲しいものだわ」

「それはまた今度ということで」

「きっとよ?」


 フロア王女はぎらつく目でエドを見ていた。彼女のそんな視線が頂けないとわたしは思った。エドは苦笑しながらわたしに頼んだぞ。と、言うように目配せして去って行った。頼まれたわたしは嵐の予感がして早くもウンザリして来たのだが目の前にいるふたりにはそんな心情など分かるはずもないだろう。いちゃいちゃしてるし。目の毒である。いや害悪である。

 エドの姿が玄関先から見えなくなってから兄が紹介する。


「フロア殿下。これが私の妹のアリーズです」

「そう。宜しくね。ねぇアデマール。あなたのお部屋を見せてくださらない?」


 兄の腕に自分の腕を絡めた王女はわたしをちらりと一瞥した。その顔にはおまえには何の関心もない。と、書かれている。わたしも興味ありませんからご安心を。

 わたしは王女を見つめ惚けている兄に話しかけた。


「お兄さま。王女殿下は何用で我が家に?」

「あ。そうそう。王女殿下にはしばらく滞在して頂く予定だ。粗相のないようにな」

「行きましょう。アデマール」


 上の空の兄はわたしに何を問われたのか良く分かってないようだ。踵を返しかけた兄にわたしは待ったをかけた。


「お待ち下さい。お兄さま」

「なんだい? アリーズ?」

「王妃さまやお父さまはこのことはご存知なのですか? お許しを頂いたのですか?」

「なぜ王妃さまや父上に許可をもらわなくてはいけないんだい?」


 わたしは頭が痛くなって来た。それぐらい自分で考えろよ。と、胸中で暴言を吐く。勝手に王妃さま預かりの問題娘を連れてきてどうする? 問題娘は仮にも異国の王女なのだ。我が家にも警備の者はいるが王宮の警備に比べれば明らかに劣る。そんななかで何か起きた場合、誰が責任を問われると思ってんだ。この脳天気男めがっ。


「王女殿下は王妃さまのもとでお預かりされてるお客さまとなります。たかが伯爵の身分で一国の王女さまを我が家にお連れするのは如何なものかと?」

「大丈夫。それなら問題ないよ。王妃さまには女官を通して伝えてもらったし父上は今晩から宿直だ。一応書き置きは残してきたし、いざとなったらジグモンドに口添えしてもらう予定だから。フロア王女はね、王妃さまにスパルタ教育をされていて可哀相なんだ。毎日あのように扱かれては病気になってしまう。だから息抜きに我が家にお連れしたんだよ」


 兄は王妃さまに扱かれているフロア王女が可哀相だから我が家に連れて来た。と、暢気にも言った。アデマールは王妃さまに苛め抜かれているヒロインを助けた気でいるのだろう。わたしはむかついて来た。


「王妃さまに扱かれるのは当然のことではありませんか? フロア王女はジグモンド殿下と添い遂げたいとお思いなのですよね? わたくしなど六歳の時から王妃さまのもとで教えを受けておりますが厳しくなって当然のことと思われます」

「まあああ。あなたもあの王妃さまに虐められて来たのぉ? 大変だったわねぇ」


 わたしが王太子妃教育を受けてたことをあんたは知ってただろうが? と、兄を睨み付けると兄は目を泳がせた。フロア王女は赤い瞳をウルウルさせて胸の前で両手を組み、同情するようにわたしを見る。きっとこれが男性ならか弱い兎に見えて抱きしめたくなるのだろう。だけどわたしは女だ。そんな手は通用しない。わたしは王女に冷たく切り返した。


「別に大変でもありませんよ。王妃さまに苛められたなどと言うのは止して下さい。王妃さまは将来国を背負って立つ王を支える王妃となる為の教育をあなたさまに施してるのに過ぎないと思いますから」


 とは言ってみたものの、きっと王妃さまはこの尻軽王女の淑女教育をしてるに違いないと思う。目を放すとどこまで飛んでゆくか危ない要素ありまくりだしな。妊婦なのに新しい保護者を見つけてくる辺りある意味凄いと思うよ。ただそれがわたしの兄でなければ尚更良かったけれど。

 わたしが冷え切った態度を取るなか、王女はアデマールに頼りきった目を向けていた。アデマールは前世同様顔だけはいいからな。父上譲りの銀髪に黄昏色した瞳から若い女性たちには「黄昏の君」と、人気が高い。この女、さては今度はアデマール攻略に来たか?


「あんなの教育と言わないわ。嫌がらせよ。ねぇ。アデマール」

「そうだよ。きみをこんなに精神的に苦しめるだなんて王妃さまはひどい。うちでいくらでも心のケアをしてゆくがいいさ」

「お兄さま」


 当主である父の不在に問題児を連れ込んだ兄をわたしが面白くなく睨めばフロア王女が言って来た。


「暫くお世話になるわね。アリーズ。ここにいる間はわたくしのことはただのフロアとして接してくれて構わないわ」


 へぇ。ただのフロアね。わたしの暗い心の呟きには気が付かず彼女は大胆不敵に笑った。わたしにはそれが彼女からわたしへの宣戦布告のように思えた。



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