23話・アスガー殿下の事情
マロー侯爵が帰ってゆくのを見送ってから自室に戻って来たわたしはエドに訊ねた。
「マロー侯爵はあなたとはどのような関係なの? ずい分と親しいみたいだけど?」
「爺は俺の育ての親だ。俺は生まれつき魔力持ちで赤子の頃から魔力で物を浮遊させたりして周辺の者たちを驚かせていた。その俺の力を制御し上手く扱えるように導く為に預けられたのがマロー侯爵のもとだった。侯爵は魔導士でもあるからな」
「そうなの? 知らなかった…もしかしてアスガー殿下が生まれつき体が弱くて静養中というのは秘匿されてたりする?」
「まあな。魔力持ちというのを隠す為の方便だ。王子が最強の魔力持ちだと知れるとそれを利用しようとする輩が現れないとも限らないと陛下が懸念されてな」
俺が王子ではなくただの民だったなら魔法省に属してそれなりに生きて行ったんだろうが。と、エドは呟いた。
現に王宮は宰相派と将軍派とに勢力が二分してる状態だ。宰相は先王時代からの旧臣たちを率いている筆頭で先王の方針をそのまま踏襲してるような頭の固い部分があり、将軍に至っては叩き上げで培ってきた経験もあるが家柄重視で血筋だけで重責を行ってきた高位貴族社会を嫌い打ち破ろうと実力重視の改革を推し進めている。
二人ともその考えに傾倒しすぎていてもし、どちらかにエドの持つ力が知れたなら拮抗している両派の力のバランスが崩れることになる。いまの陛下は平穏を望み両派を上手く抑えることで表面上は王宮内を静かに保っているのでこれに万が一、どちらかが次期王の後見に立つ事にでもなれば血生臭い決着をつけることになるだろうと予想がついた。
それを回避する為に陛下は寵妃の子であるエドを自分のもとから遠ざけたに違いない。病弱だと偽ってまでも。
「ジグモンド殿下とは会ってなかったの? 王宮に呼ばれた時にあなたの姿を見ても彼は誰か分かってなかったようだわ」
「会ったのはやつが三歳くらいの時だったから忘れてるだろうな。俺は病弱のために地方へ行ったきりとされてるし、公の場では侯爵の遠縁の若者として紹介されてるから俺の素性を知る者は陛下と王妃さまと侯爵夫婦しか知らない」
「そうなんだ」
「俺としては堅苦しい王宮で王子として生活するよりも自然にふれて伸び伸び快適な田園ライフを送ってる方が性にあってる。領民も気さくで身分関係なく話しかけてくれるしな」
「前世のあなたとは違うわね」
「…」
「あ。ごめんなさい。気にした? 前世ではあなたはどちらかというと一人でいる方が気楽のように見えたから」
「いいや。確かにそうだよな。前世では他人との付き合いが面倒で仕方なかった。苦手だった。なのに今では他人との付き合いが嫌じゃなくなってる。変わったのかな? 俺。おまえに指摘されるまで気がつかなかった」
エドがしみじみとした感じで言う。わたしは彼は人恋しいのかもしれないと思った。現世の彼の生みの母親は赤子だった彼をなぜか置き去りに姿を消した。王宮に取り残された赤子は魔力持ち。
マロー侯爵夫婦のもとで養育されてはいても素直に甘えられないこともあったのかもしれない。わたしは急に彼が愛おしく思われてきて彼を抱きしめた。エドはわたしを抱きしめ返しながらぽつぽつと溢した。
「爺たち夫婦には子供がいなかったから王家から俺みたいな赤子を押し付けられても王家から預かった大事なお子様だと言いながら大事に育ててくれた。王家に忠義者なんだ。爺は」
「あなたは愛されてるのよ。爺である侯爵にも。陛下にも」
「…だといいな」
エドが愛されたいな。と、言ったようにわたしには聞こえた。やっぱり彼は侯爵にも遠慮があるのかもしれない。わたしは大丈夫だよ。と、いう思いをこめて彼の背に回した手で背中を撫でた。
「そうじゃなかったらあなたがいなくなって捜したり、早く帰って来なさい。だなんて言わないわ。あなたを心から心配してるのよ。いい人ね。侯爵って」
「馬鹿が付くほど真面目で、お節介にも余計なことを暴露してしまううっかり者でもあるけどな」
エドが思い出し笑いのようにふふふ。と、笑う。わたしはあの事かしら? と、思った。
「まあ。それってあなたがわたしに懸想してたってこと?」
「ああ。ずい分と前からおまえのこと見てた」
「いつから?」
「おまえのことが気になったのは社交界デビューした日かな。あの日、俺は遠目におまえを見ていて強く惹かれた」
その言葉には懐かしむような響きがあって今まで聞けなかったことをわたしは聞いた。
「エドはいつ前世を思い出したの?」
「生まれてすぐだ」
「ええ?」
「出来ればおまえにはあんな面白くもない前世を思い出して欲しくなかったけどな」
わたしには気にかかってることがあった。なぜ前世でわたしの死に関わりのあった面々とこの世界に生まれ変わったのか? もしかしたら皆、わたしと同時期に死を迎えたのではないかと思っていた。




