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22話・あなたの名は?

「にゃわああん」


 わたしめがけて白金の愛らしい存在がまっしぐらに駆け寄ってきた。ソファーに座るわたしの膝に乗りあがって来る。


「コン。駄目じゃない。来ちゃったの?」

「にゃあううん」


 狐はわたしの膝の上にちょこんとお座りして納まった。わたしは狐に「コン」と名付けていた。わたしは侯爵と目があい苦笑した。


「すみません。躾が行き届いてなくて…」

「いやあ。これは見事な毛並みの狐ですな。アリーズさまが飼われておられるのですか? よく懐いでおられるようで…」

「嵐の晩に我が家に迷い込んで来たんですの。人馴れしていて良い子なんですよ」


 侯爵は興味深くわたしの話を聞きながら狐へと目を向け視線を凍り付かせた。


「ま。まさか…?」


 何だか侯爵さまの様子がおかしい。侯爵さまはソファーから立ち上がるとわたしの前に来た。コンはわたしの膝の上で悠々と毛づくろいを始めていた。


「あなたさまはこの爺めの目を誤魔化せるとお思いですか?」

「…」


 侯爵はわたしの前で跪いた。ずっずっずいっと顔を狐に押し寄せる。それは穏健に思われた侯爵が鬼気迫るような表情で来るものだから見ていたわたしはその場から逃げ出したくなった。


「殿下。黙ってないで何か言ったらどうですか? ずい分とお捜ししたのですよ。なかなか帰ってこないと思ったらこちらのアリーズ嬢のお宅でお世話になっていたのですね? いくらアリーズ嬢に懸想したからと言ってもそのような姿を偽ってお側に侍るようなみっともない真似はおよし下さい。あなたさまは仮にもこのブロワ国の第一…」

「分かっているとも爺。そのように目くじら立てずとも良い」

「へぇ? いま話したのはコンなの? なにこれ? どういうことですか?」


 わたしは侯爵がコン相手に説教が始まったのを見て何が起こったの? 侯爵さまご乱心? と、内心恐れていたがわたしの膝に座っているコンがそれに対して人の言葉で返したので仰天した。


「アリーズ嬢。驚かせてしまい申し訳ありません。実はこの狐はアスガー殿下が魔術で変化した姿なのです」

「アスガー殿下って第一王子の?」

「そうです。陛下の側室であられたキュンティアさまのお子で第一王子殿下のアスガー・エドバルト・ドルッセン・ブロワ殿下にございます」

「…!」


 わたしは侯爵からコンの正体を教えられ想像もしなかった事態に唖然とした。陛下には王妃さまが嫁いで来られる前、王太子時代に懇意にしていた女性がいた。その方がキュンティアさまで月の輝きを宿したような白金色の髪に金色の瞳をした女性で見る人に儚げな印象を与える絶世の美女だったらしい。そのキュンティアさまは陛下に王妃さまとの政略結婚の話が持ち上がると身を引いて静かに王宮を去って行ったとわたしは父から話しには聞いていた。

そのキュンティアさまが陛下の前から身を引くと同時に残して行ったのが赤子のアスガー殿下で、殿下は生まれつき病弱で現在も地方で静養されているとも聞く。その殿下がコン? アスガー殿下とはわたしは一度もお会いしたことがない。なのになぜわたしのもとへ殿下が?

わたしは頭のなかにハテナマークがどんどん増えて行くなか、失礼がないようにコンに頭を下げた。


「それは失礼致しました。アスガー殿下とは存じ上げずに…」

「おい。おい。そんなに畏まるなよ。アリー。俺とおまえの仲だろう」

「ふぇ? はあい?」


 コンの声には聞き覚えがあるような気がする。おや? と、思ってるとコンがわたしの膝から降りて床の上に着地すると甲高い声音で一声鳴いた。するとコンの姿が見覚えある人の姿へと変わった。


「殿下」

「エド?」


 侯爵は安堵した様子を見せ、わたしは目を丸くした。信じられないことにコンの姿はエドへと変わったのだ。彼が魔術で変化して見せたことでわたしは以前、陛下に婚約破棄の一件で呼び出しを受けたときに、エドバルトはこの国で最上級の魔法使いだと説明を受けたことを思い出していた。


「殿下。一週間ほど屋敷にお帰りにならなかったのでお捜し致しましたよ。それにしてもなぜ狐の姿に?」

「まあ。ちょっとな。ある者の身辺調査に宮殿に忍びこんだら相手に見つかって厄介な魔法具を首につけられたんで元の姿に戻れなくなっていたんだ」

「ご無事でようございました。もう調査など配下の者にお任せ下さい。あなたさまが自ら危険に飛び込むことはありますまい」

「爺は過保護だよなぁ。俺はもう何も出来ない幼子ではないのだぞ。もう成人してるというのに…」


そう言いながらエドはわたしと目があって気まずそうに頭を掻いた。


「エド。あなた、アスガー殿下だったの?」

「今まで黙ってて悪かった。驚いたか? アリー」

「驚くわよ。コンがエドだったことだけでも驚きなのにその上、王子殿下だったなんて知らなかった」


 エドがアスガー殿下と言うことは、ジグモンド殿下とは腹違いの兄弟ということになる。


「わたし知らなかったとはいえ、なんて失礼なことを…あなたにリベンジの協力を頼んでしまった」

「おまえに何も言わなかったのは俺が悪い。おまえには殿下とか身分関係なくただのエドとしてみて欲しかったんだ。それに…」


 わたしはリベンジの協力者が元許婚の義理とはいえ、兄だったと知って青ざめた。そのわたしの肩にエドが両手をかけた。


「リベンジの件は俺が持ちかけたんだ。おまえが罪悪感を感じることはない。爺は未だに俺のことを殿下と呼ぶが今の俺は王籍を返上してシェルプト辺境伯として存在している。陛下の臣下の身だ」


 だから礼儀とか気にするな。と、エドが言う。その脇で侯爵がにこにことわたし達を見ていた。それをエドが軽く睨んで言った。


「なんだ爺? 何か言いたげな顔をして」

「何事にも我関せずで他人に興味のなかったあなたさまがこうしてアリーズ嬢と仲良くされている。長いこと引きずってこられた恋がようやく実られたようで爺は大変嬉しゅうございますよ」

「爺。余計なことを申すな」


 エドがわたしの肩から手を離し照れて顔を真っ赤にしていた。わたしも恥かしくなって来る。侯爵の話ではエドはかなり前からわたしのことを意識してたように思われた。


「じゃあ、私の用も済みましたので後は若いおふたりでどうぞ。殿下。婚姻前の女性の家に居ついてるのは体裁が悪いですから今夜は必ずお帰り下さいね。遅くならないうちにお帰り下さいよ」


 侯爵は笑って気遣いを見せ、子供に言って聞かせるかのようにエドに念を押すと先に帰って行った。


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